綺羅星のごとく男性アイドルを輩出してきたジャニーズ事務所の創設者(故人)に少年愛の性癖があることは、1960年代から業界関係者のあいだでは公然の秘密で、80年代末には元アイドルの告発本がベストセラーになって広く知られることになりました。90年代末には『週刊文春』が連続キャンペーンを行ない、それに対してジャニーズ事務所が提訴、一審では文春側が敗訴したものの、東京高裁は「セクハラに関する記事の重要な部分について真実であることの証明があった」と認定し、2004年に最高裁で判決が確定しています。
ところが、日本のほとんどのメディアはこの裁判を報じませんでした。ジャニーズ事務所の圧力を恐れたからだとされ、たしかにそうした事情もあるでしょうが、その背景には「しょせん芸能人の話」という認識があったはずです。
事態が動き出したのは今年3月、イギリスのBBCが「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」というドキュメンタリーを放映してからです。4月には事務所に所属していた元タレントが日本外国特派員協会で記者会見し、2012年からの4年間に創設者から15回ほどの性的被害を受けたと証言、この「外圧」で追い込まれたジャニーズ事務所は現社長が動画での謝罪を余儀なくされました。
この一連の経緯は、ハリウッドを揺るがせた#MeTooとよく似ています。大物映画プロデューサーのセクハラを女優らが実名で告発、性被害を受けた女性たちがSNSで次々と声を上げる世界的な運動になりました。
映画界では、新人女優がプロデューサーなど実力者と性的な関係をもつことはよくある話だとされてきました。この慣習が黙認されてきたのは、ハリウッドが特殊な世界だとされてきたからでしょう。自ら望んでそこに足を踏み入れた以上、一般社会の常識を期待することはできず、異世界のルールに従わざるを得ない、というわけです。
権力とセックスのたんなる交換(いわゆる枕営業)であれば、この理屈も成り立つかもしれません。しかしこの映画プロデューサーは、配役と引き換えに性交渉を女優に強要するだけでなく、女性スタッフにまで性加害を行なっていたことが暴露され、はげしい批判を浴びることになりました。
ジャニーズ創設者がある種の天才であることは間違いありませんが、困惑するのは、その才能が少年愛から生まれたものらしいことです。70年代や80年代の出来事であれば「そういう時代だった」で済んだかもしれませんが、今回の証言で明らかになったのは、最高裁で判決が確定してからも少年に対する性加害が続いていたことです。
相手が成人なら合意のうえだと説明できても、未成年の場合はどのような弁明も不可能です。そして現在では、相手の明確な同意を得ない性行為は許されなくなり、とりわけ拒絶のできない小児や少年・少女への性加害は道徳的には殺人に匹敵する重罪と見なされます。しかし日本の芸能界で大きな権力を手にした80歳過ぎの老人には、こうした価値観の変化に気づくことは難しかったのでしょう。
社会がリベラル化すれば異世界は一般社会に回収され、「あのひとは特別」「あそこはふつうとちがうから」という言い訳は通用しなくなっていきます。その意味では、この創業者は長く生き過ぎたし、その結果、残された者は名声と既得権の呪縛にとらわれて身動きがとれなくなってしまったのでしょう。
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