孤独な若者とテロリズム 週刊プレイボーイ連載(561)

和歌山県内で衆議院補欠選挙の応援演説を行なっていた岸田総理に向かって、24歳の男が自製の鉄パイプ爆弾を投げる事件が起きました。幸い軽症者のみで済みましたが、安倍元首相への銃撃から1年もたっておらず、社会に大きな衝撃を与えました。

報道によると、容疑者の男は兵庫県の住宅地で母親と兄の3人で暮らしており、小学校時代は「ごくふつう」で、中学から不登校ぎみになって父親との関係が悪化したものの、父親が家を出たあとは生活も落ち着いたようです。最近は、母親と一緒に庭の手入れをするところを近所のひとが目にしてます。

メディアの取材でも小中学校時代の親しい友人は見つからず、高校卒業後に進んだ関西の調理師専門学校では、「いつも1人で座っていて、おとなしくて、真面目な印象だった」と講師が語っています。ここから浮かんでくるのは、「誰も気にとめない、孤立した若者」の姿です。

卒業後は栄養士や調理師として働くわけでもなく、自宅に戻り、政治に関心をもつようになります。衆議院議員・地方議員は25歳以上、参議院議員は30歳以上という被選挙権の年齢規定や、立候補に必要な供託金が憲法違反だとして、弁護士に依頼しない本人訴訟で国を訴え、そのことを本人のものと思われるSNSのアカウントで報告していました。

国家賠償請求訴訟の提訴から11日後に、山上徹也による安倍元首相への銃撃事件が起きます。これが、若者に強い影響を与えたことは間違いないでしょう。山上は40代でかなり年上ですが、事件前まで働いていた倉庫会社では、昼の弁当を駐車場の車のなかで一人で食べるなど、明らかに周囲から孤立していました。二人はとてもよく似ているのです。

大きなちがいは、山上には「宗教二世」という背景と、テロの明確な動機があったことです。それに対してこの若者は、なぜ国賠訴訟がテロにつながるかわからず、本人も語ろうとしません。黙秘を続けるのはなにか秘密があるのではなく、「第二の山上になりたかった」という以外に動機がないからではないでしょうか。

内閣府の調査で、「引きこもり状態にある人」が全国で146万人と推計されました。その定義は、自室からほとんど出ないか、近所のコンビニなどにしか出かけないことです。しかしこの若者は、裁判を起こすだけでなく、地元の政治家の市政報告会に参加して質問するなど、積極的に活動していたのだから、「ひきこもり」には入らないでしょう。

ほとんど部屋から出ることがなかった中年男が、自活を迫られて通学中の小学生らを殺傷したり、元官僚が自活できない長男を刺殺する事件が起きたことで、ひきこもりが深刻な社会問題であることが広く知られるようになりました。しかし日本社会には、ひきこもりではないものの、山上やこの若者のように、社会から孤立した膨大な数の男がいるはずです。

もちろんそのほとんどは、犯罪とは無縁の暮らしをしています。しかしそれでも、この事件によって、社会のメインストリームから脱落したように見える男の子がいる親の不安がさらに高まることは間違いないでしょう。

『週刊プレイボーイ』2023年5月8日発売号 禁・無断転載