成功するためには実力と運の両方が必要です。しかし、その割合はどうなっているのでしょうか。実力さえあればいずれは成功できるのか、それとも運がすべてなのか。それを調べたのが2006年のミュージックラボ実験です。
研究者は新人バンドの曲をダウンロードできるウェブサイトをつくり、バナー広告で約1万4000人の被験者を集めたうえで、「独立条件」と「社会的影響条件」にランダムに割り振りました。
独立条件では、被験者はバンド名と曲名だけを教えられ、その曲を評価するとダウンロードできるようになっていました。気に入った曲があれば自分のPCに保存するでしょうが、他の参加者がどのような評価をしたのかはわかりません。
社会的影響条件では、それに加えて、自分より前の参加者がどれくらいその曲をダウンロードしたかを見られるようになっていました。ここでは8つのパラレルワールドがつくられ、それぞれ参加者が異なるので、曲のダウンロード数も(微妙に)異なってきます。参加者はみんな同じ曲のリストを提示されたのですから、どの世界でどの曲がたくさんダウンロードされるかは運(偶然)によって決まります。
この研究が大きな反響を呼んだのは、成功にとって運が決定的に重要なことを明らかにしたからです。たとえば52Metroという(無名の)バンドの「Lockdown」という(無名の)曲は、ある世界では48曲中1番人気でしたが、別の世界では40位だったのです。
とはいえ、実力がなんの関係もないというわけではありません。独立条件でダウンロード数の多かった「魅力的な曲」は、どの世界でも必ず上位に入るわけではないものの、下位になることはまれでした。その一方で、独立条件で「魅力がない」とされた曲は、どの世界でも上位に入ることはできませんでした。
もうひとつの興味深い発見は、魅力的な曲(実力のあるバンド)ほど、社会的影響条件の効果を強く受けたことです。独立条件で「魅力的」とされた曲は、いったん高く評価されると圧倒的な成功を収めました。ところが別の世界でよい順位を獲得できないと、それほど成功できなかったのです。
このことは音楽だけでなく、ネット上で評価されるさまざまな商品・サービスで、最初の評価がきわめて重要なことを示しています。その後の実験でも、ランダムに星の数を付けた場合、最初に(たまたま)5つ星だった商品はその後も高評価を維持することがわかっています。
しかしそうなると、最初に1つ星を付けられてしまうと、その商品やサービスは二度と日の目を見ることができないのでしょうか。じつはそんなことはなくて、「最初に低評価だと次に高評価がつきやすい」という結果が出ています。後続のユーザーが、理不尽な批判(クレーム)を不快に感じ、それに反発して高い評価をつけるからのようです。
このようにして公正な評価が回復されるのはよいことですが、それを考慮しても、最初に高い評価を獲得するメリットは大きなものがあります。これが、ステマ(ステルスマーケティング)がなくならない理由なのでしょう。
参考:マシュー・J・サルガニック『ビット・バイ・ビット デジタル社会調査入門』瀧川裕貴他訳、有斐閣
『週刊プレイボーイ』2022年9月12日発売号 禁・無断転載