「新しい資本主義」を掲げた岸田首相が春闘に向けて「3%を超える賃上げ」を期待し、それを受けて経団連もベースアップ(ベア)の実施を表明しました。
しかし、従来の常識からするとこれは奇妙奇天烈な話です。そもそも春闘というのは、労働組合が経営者に対し、生活給の底上げ(ベア)を求める運動で、それに対して経営側は抵抗し、「左傾化」を恐れる政府が組合運動を抑圧する構図がずっと続いていました。ところが安倍政権以来、両者の関係が逆転し、組合が要求もしていないのに政府が率先して賃上げを求めるようになったのです。
なぜこんなことになるのかは、「日本と世界の労働組合はぜんぜんちがう」ということから説明しなくてはなりません。世界標準である「ジョブ型」の働き方では、どの会社に所属するかにかかわらず、同じ仕事には同じ報酬が支払われます。
飲食店のフロアスタッフで考えてみましょう。2軒の居酒屋があって、一方が時給1100円、もう一方が1200円だとしたら、自宅からの距離などの条件が同じなら、時給の高い方を選ぶでしょう。それに対して、ファストフード店が時給1100円、居酒屋が1200円なら、勤務時間や仕事の大変さが異なる(ジョブがちがう)ので、時給の安い方を選ぶひともいるはずです。これが「同一労働同一賃金」の原則です。
「ジョブ型」の雇用制度では、性別や年齢、国籍などの属性にかかわらず、ジョブが同じなら、労働条件はどの会社でも(基本的には)同じになります。そうなると、労働者は会社の垣根を超えて団結して、経営者団体に賃上げを求めるのが合理的です。
ところが日本の雇用制度は「メンバーシップ型」で、同じ居酒屋でも、A店は時給2000円、B店は時給1100円だったりします。当然、B店で働くのはバカバカしいので、優秀なスタッフはA店に移ろうとするでしょう。ところがA店のホールスタッフになれるのは「メンバー」だけで、「資格がない」と門前払いされてしまうのです。
このような条件では、A店のホールスタッフはB店の従業員と一緒になって賃上げ交渉する理由がありません。日本型雇用制度では、労働者が団結して経営者団体(総資本)と対決する必要はないのです。とはいえ、これでは、労働組合の存在意義がなくなってしまうので、せめて年に一度くらいは労働者全員の利益のためのなにかしようというのが「春闘」です。
しかしそうなると、日本の労働組合は何をしているのでしょうか。それはいうまでもなく、メンバー(正社員)の「身分」を守ることです。そのためには、非正規の従業員が正社員になれないようにし、中途入社(横入り)を阻止し、いったんメンバーになったら定年までの生活が保障されるようにしなければなりません。
このように考えると、労働組合がベースアップに冷淡で、その肩代わりを政府がしなくてはならない不可思議な構図も理解できます。「新しい資本主義」とは、日本の差別的な雇用制度には手をつけず、政府が労働組合の「お手伝い」をすることのようです。
*その後、連合は「ベースアップと定期昇給で4%程度の賃上げを求める闘争方針」を決め、「政府の発言だけでは賃金を改善しない」と、「官製春闘」に頼らぬよう傘下の労働組合に釘を刺したとのことです。(日本経済新聞2021年12月2日「連合会長「官製春闘」頼みにクギ 4%賃上げ要求決定」)
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