【9月16日執筆のコラムです。29日の総裁選で岸田文雄氏が新総裁に選出されましたが、記録のためそのままアップします。】
菅首相が自民党の総裁選出馬を断念したことで、政治が大きく動き出しました。いったいなにが起きたのかは、政治家という「自営業」の特徴を考えるとよくわかります。
すべての政治家が身に染みて感じているのは、再就職がきわめて困難なことです。ワイドショーのコメンテーターや大学の教員になれるのはごく一部で、公務員のような天下り先もなく、落選した元国会議員を雇ってくれるような会社もありません。アメリカでは議員からロビイストに転身するケースがあるようですが、日本にはそのような仕事は存在せず、「選挙に落ちればただの人以下」です。
これほどまでつぶしがきかないと、政治活動の大半が「次の選挙に勝つこと」になり、天下国家のことにはたいした興味をもたなくなるでしょう。実際、官僚が政治家に政策の説明をすると、二言目には「それは選挙に有利になるのか?」と訊かれるそうです。
衆院選が近づくなか、メディアはさかんに安倍政権の検証をしていますが、長期にわたる「一強」を維持できたいちばんの理由は支持率が高かったことです。安倍氏の「看板」で当選した議員が安倍政権を支持し、次の選挙でも勝つという好循環によって、盤石の権力基盤がつくられました。
その安倍氏から権力をそのまま引き継いだ菅首相は、なぜ政権を維持できなくなったのか。「コミュ力が足りない」「説明責任を果たしていない」などといわれていますが、そんな難しい話をしなくても、「新型コロナの感染者数と支持率が連動しているから」で説明できてしまいます。
菅首相の目論見は、東京五輪を無事に終わらせ、ワクチン接種を進めながら緊急事態宣言を解除し、再選を目指すことだったはずです。ところが変異種の感染力が予想外に強く、感染者が急増して医療崩壊が起こり、入院できないまま自宅で死亡するケースが相次いできびしい批判を浴びることになりました。
ワクチン接種で先行する欧米諸国を見ても、菅政権のコロナ対策が間違っていたわけではありません。医療機関が感染症に対応できないのは構造的な問題で、かんたんに解決できる話ではないでしょう。――厚労省は病床確保のために1兆円を超える補助金を投入しましたが、ほとんど役に立ちませんでした。
その意味では運がなかったともいえますが、政治は「結果責任」です。とはいえこの責任は、国民のためによい政治をするというより、自党の議員が選挙で勝てる「看板」であり続けることです。
自民党には、選挙基盤が安定しない当選3回以下の「安倍チルドレン」が半分ちかくいます。「衆院選に勝てるなら誰でもいい」という若手議員の発言が報じられましたが、これが彼らの本音でしょう。
そのように考えれば、政権の支持率が30%を切った時点で、選挙に向けて看板を掛けかえる以外の選択肢は残されていませんでした。総裁選も、「誰がいちばんいい看板になるか」をめぐって争われています。
政治家も人間ですから、「“ただの人以下”になりたくない」と思うのは当然です。これまでも、これからも、民主政治はこの不安によって動いていくのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2021年9月27日発売号 禁・無断転載