円高は神風?

あなたが1本10円のボールペンを100本持ってるとして、そのボールペンを1本100円で買いたいという奇特なひとが現われたとしたらどうするだろう。売るのを拒んだり、「10本だけ」という売り惜しみはぜったにしないはずだ。

「日本の個人資産で世界支配?」で書いたけれど、世界金融危機による世界的な株価の下落(といっても、いまはだいぶ戻ってきた)と円高によって、「強い円」で世界の株式市場の半分を買い占められるようになった。それなのになぜ日本国は、国債(外国為替資金証券)を発行して為替介入を行ない、外貨建て資産を購入しないのだろうか。私には、それがずっと不思議だった。

もちろん、「さらなる円高で為替差損を被る恐れがある」というこたえがすぐに返ってくることは知っている。だがこの批判は、通貨の発行元である国家が、自国の通貨が過大に評価されているとの確信を持っている場合には当てはまらない。

たしかに理論上は、将来の為替レートを予測することは誰にもできない(長期的には購買力平価に収束するとはいえる)。その一方で、日本国の首相や財務大臣、日銀総裁は口を揃えて、「日本経済の現状から見て現在の為替レートは明らかな円高だ」と主張している。すなわち、金融・財政の責任者(ボールペンの製造業者)は、円の価値が非合理的なまでに高く評価されている(1本10円のボールペンを100円で買おうとするバカが溢れている)ことをなんらかの理由で知っているか、すくなくともそう信じているのだ。

もしそうであれば、ボールペンを10本しか売らない(中途半端な為替介入しかしない)のは、日本国民に対する背信行為だろう。正しい政策は、バカが絶滅するまで円(ボールペン)を売りつづけることだ。

為替介入では、円を売る代わりになんらかの外貨建て資産を購入しなくてはならない。通常は米国債だが、標準的なポートフォリオ理論に従えば、タマゴをひとつのカゴに盛るのではなく、世界の株式や不動産(REIT)、商品などに幅広く投資した方がいい。世界の主要株式市場の時価総額は約50兆ドル(4000兆円)だから、国債や不動産を加えた潜在的なポートフォリオの規模(世界金融市場の総額)は1京円はありそうだ。すなわち、理論上はほぼ無制限に為替介入できる。

もちろんこれによって日銀のバランスシートは膨張するだろうけれど、これは財政危機にはつながらない。為替介入のために発行された国債(負債)と同額の資産(外国株式や外国債、海外不動産や商品など)を保有することになるからだ。

そして将来、為替レートが正しい水準に戻れば(バカがいなくなれば)、円建てで評価した資産は(外貨建ての価格が同じでも)為替差益の分だけ増えるから、それを売却して国債を償還し、利益を債務の返済に充てることができる(割安価格で資産を購入し、適正価格で売却するのと同じだ)。

これにはさらに、もっとウマい話がある。

為替レートというのは通貨の値段だから、需要と供給の法則によって、供給が増えれば増えるほど(紙幣を刷れば刷るほど)安くなる。理屈のうえでは、為替介入のために発行した国債を日銀が買い上げることで市中にマネーが供給され、自己実現的に円安になって、外貨建て資産ポートフォリオの評価額が膨んでいくはずだ(円安にならなかったら、さらに為替介入をつづければいいだけだ)。

そのうえマネーの量が増えるのだから、必然的にインフレになるだろう。すなわちこれは、海外投資で儲けながら量的緩和を実施し、青息吐息の輸出産業が円安で復活し、ついでにデフレからも脱却できるという一石三鳥の名案なのだ(たぶん)。

これは私の妄想だろうか。

ところが経済の専門家でも、同様の主張をするひとがいる。小林慶一郎(一橋大学経済研究所教授)が『週刊ダイヤモンド』(11月13日号)に寄稿した、「将来の財政破綻の緩和策として、外貨建て資産への政策投資を」だ。

小林教授は、日本国の政府純債務から、「いずれ国債が投げ売りされるような財政破綻は避けられないように思われる」としたうえで、次のように述べる。

  • 現状で、投資家の近視眼的な行動による(円高・デフレという)「市場の失敗」が起きているのなら、政策的な介入によって社会厚生を改善することができる。それは、日本の公的セクターが超長期の投資として外貨建て資産を大量に蓄積することである。

いつもは同じ意見のひとがほとんどいないから、これを見つけたときはちょっとうれしかった。