日本学術会議が推薦した会員候補のうち6人が任命されなかった問題で、菅政権が発足早々、逆風にさらされています。経緯に関しては不明な点もありますが、報道を見るかぎりでは、以前から官邸は多めの人数の名簿で事前説明するよう求めていて、2016年には補充人事で上位に推した候補に官邸が難色を示したことから、全ポストについて推薦そのものを見送る事態が起きています。
官邸が問題にしたのは、学術会議が「政府機関」でありながら「独立した人事権」をもつという慣行で、民主的な手続きで選ばれた政府の上位に「超越的」な権力が生まれることを危惧したとされます。とはいえ、学術会議が「軍事的安全保障研究禁止」の方針を決定したり、所属する学者が政府を批判する発言をすることへの心情的な反発が大きかったのでしょう。
今回の紛争の直接の原因は、学術会議の前会長(前京大総長)が、官邸との事前折衝を無視して105人の会員候補の推薦名簿を問答無用で送りつけたことにあるようです。それに対して官邸側は、安保法制に反対した「学者の会」の呼びかけ人や賛同人6人を任命拒否して「報復」した――。子どものケンカのような話ですが、「学問の自由」とか「民主的な統治」とか、双方にどうしても譲れない意地があるのでしょう。
この紛争はたちまち「親菅/反菅」のリトマス試験紙になり、SNSでは例によって罵詈雑言が乱れ飛んでいますが、ここでは一歩距離を置いてマネジメントの観点から考えてみましょう。
官邸の対応で不思議なのは、6名を任命拒否すればその理由を問われることはわかりきっているのに、それについて事前になにも考えていなかったらしいことです。あわてて与党内にプロジェクトチームをつくって、学術会議への10億円の予算(100兆円の国家予算の10万分1)を検証するそうですが、こんな泥縄式のやり方では「その前にちゃんと説明責任を果たすべきだ」との正論にとうてい対抗できません。
さらに不思議なのは、この問題には担当大臣がおらず、任命責任者である新首相が批判の矢面に立たされることがわかっていたはずなのに、なんの対処もしていないことです。モリカケや検察疑惑でも、前首相の盾となって火だるまにされる大臣や官僚がいたのに、今回は「キーマン」とされる官僚の国会招致を阻むために首相が間に入るという摩訶不思議なことになっています。
政権発足直後の高支持率をだいなしにしかねないのに、なぜこんな混乱を招いたのか。「部下(官僚)を脅して従わせる」というマネジメントを日常的にやっていたからだと考えれば、この謎はすっきり解決します。今回も「ちょっと脅せばいうことをきくだろう」くらいの甘い判断をしていたら、予想外の反発にあって右往左往しているというのが現実でしょう。
「脅して従わせる」マネジメントが効果をもつのは、組織にしがみつく以外に生きる方途がない人間を相手にするときだけです。外部の相手に同じことをすれば、怒りだすに決まっています。
こんな当たり前のことすらわからないのは、官邸を仕切る「優秀」なひとたちが、「脅されて従ってきた」経験しかないからなのでしょう。
『週刊プレイボーイ』2020年10月26日発売号 禁・無断転載