『不道徳な経済学: 転売屋は社会に役立つ』[ハヤカワ文庫版]訳者あとがき

1月23日に発売されたウォルター・ブロックの『不道徳な経済学』の「[ハヤカワ文庫版]訳者あとがき」を、出版社の許可を得て掲載します。****************************************************************************************

本書は私がはじめて翻訳した本で、もしかしたら最後になるかもしれない(「監訳」させてもらったものはある)。原書を読んでいるときは、「これを(現代風に)超訳したら面白そうだ」と思ったのだが、実際にやってみると予想外に大変だったからだ。その意味でも、長く読み継がれる本になったことは望外のよろこびだ。

冒頭の「これからのリバタリアニズム」は、旧版の解説「はじめてのリバタリアニズム」を全面的に書き直した。親本が刊行された当時(2006年)、リバタリアンやリバタリアニズムという言葉は一部の専門家にしか知られておらず、それがいったいどのような思想なのかを説明する必要があると考えたが、いまや状況は大きく変わりつつある。リバタリアニズムとテクノロジーが融合した「サイバーリバタリアン」の新たな展開について詳しく述べたのは、共産主義(マルキシズム)の理想がついえたあと、(良くも悪くも)これが唯一の「希望」になると考えているからだ。

まえがきで「本書はそんなサイバーリバタリアンたちに再発見され、熱心に読まれている」と書いたが、ブロックの40年前の本がダークウェブ上の読書会のテキストになっていることは木澤佐登志氏の『ニック・ランドと新反動主義──現代世界を覆う〈ダーク〉な思想』(星海社新書)の指摘で知った。同じ木澤氏の『ダークウェブ・アンダーグラウンド──社会秩序を逸脱するネット暗部の住人たち』(イーストプレス)も、サイバーリバタリアン(インテレクチュアル・ダークウェブ)の現在を知るための必読文献だ。

リバタリアニズムはアメリカの政治思想を理解するうえできわめて重要だが、日本ではその紹介が大幅に遅れていた。渡辺靖氏の『リバタリアニズム──アメリカを揺るがす自由至上主義』(中公新書)が出て、ようやくそのギャップもすこし縮まったようだ。リバタリアニズムの入門書としては、20年近く前の本になるが、森村進氏の『自由はどこまで可能か──リバタリアニズム入門』(講談社現代新書)を超えるものはいまだない。

本書をきっかけにリバタリアニズムについてより詳しく知りたいと思ったら、ロバート・ノージックの『アナーキー・国家・ユートピア──国家の正当性とその限界』(木鐸社)に挑戦してみてほしい。1974年に書かれた古典だが、(ブロックの本と同様に)そのロジックがいまでもじゅうぶんに通用するのは、リバタリアニズムが「原理主義」だからだ。

その論理(自由の可能性)をどこまで拡張していけるかは、読者一人ひとりにかかっている。

2019年12月