かんぽ生命保険が、保険の乗り換えで顧客が不利益を被った事例が5年間で2万件以上あると発表した。健康状況の告知などで新契約が結べなかったり、告知書類の記入不備などで保険金が受け取れなかったりしたのだという。契約者からの二重徴収の疑いも発覚し、法令に抵触する可能性も指摘されている。
この問題については、2018年4月にNHK「クローズアップ現代」が、「郵便局が保険を“押し売り”!?~郵便局員たちの告白~」として取り上げている。それから1年以上たち、金融庁からも報告を求められたことで、しぶしぶ実態を認めたのだろう。
NHKの番組は、「高齢の母が、郵便局員に保険を押し売りされた」という1通のメールから取材が始まった。同様のトラブルがないかSNSで情報提供を呼びかけたところ、わずか1カ月で400通を超えるメールが届き、その大半が現役職員など郵便局の関係者からだった。「郵便局というだけで、高齢者の場合、だましやすい」「ノルマに追い詰められて、詐欺まがいで契約させる」など元郵便局員の生々しい証言も紹介された。
かんぽ生命の役員もインタビューに応じていて「社内的な評価制度の見直し等」を約束したが、その映像をSNSで公開したところ、たちまち現役郵便局員から「個人に割り振られた目標はむしろ上がっている。こんな状況では、問題の解決にはならない」との手厳しい反論が来た。
なぜこんなヒドいことになるのか。そのいちばんの理由は、超低金利と情報通信テクノロジーの急速な進歩によって、既存の金融機関が収益をあげられなくなっているからだろう。
それでもなんとかして利益を出さないと会社が存続できないから、本社は各郵便局に重いノルマを課す。実現不可能なことをやれといわれた営業マンは、良識や道徳などどこかに吹き飛んで、「保険の内容を理解していない高齢者をダマしてぼったくる」ことになるのだ。
じつはこれは、かんぽ生命だけの問題ではない。ネットリテラシーとフィナンシャルリテラシーの高い若い顧客がインターネット取引に移ったことで、対面営業の金融機関には両方のリテラシーの低い顧客しか残らなくなった。そうなれば、なにが起きるかは考えるまでもない。
大手銀行は顧客に手数料の高い投資信託や生命保険商品を外販し、大手証券も高齢者向けのセミナーでハイリスクな新興国通貨のデリバティブを売りつけていると批判されている。
かんぽ生命の苦境は、保険金の上限が2000万円と決められているため、いったん旧契約を解約しないと新契約に乗り換えさせられないことにある。こうしてトラブルが表面化したのだが、苦しい事情はどこも同じだ。
人間の認知能力には限界があるから、リテラシーの低い顧客に複雑な金融商品を理解させることは不可能だ。トラブルの本質は、じつはここにある。
「報告書」問題で大変かもしれないが、これからますます高齢者は増えていくのだから、金融庁もそろそろこの「不都合な事実」を直視する必要があるのではないだろうか。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.84『日経ヴェリタス』2019年7月14日号掲載
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