朝日新聞10月26日朝刊のオピニオン(耕論)欄に、「マイケル亡き今、僕が一番」と題した田原俊彦のインタビューが掲載された。「栄光も屈辱も知る男たち」を取材した「逆境をゆく」という企画の1本で、田原のほかには元横綱の輪島大士、吉野家社長の安部修仁が登場している。
田原は1994年にジャニーズ事務所から独立し、ほぼ同時期に長女が生まれた。その記者会見で、「何事も隠密にやりたいけど、僕ぐらいビッグになると――」と発言(いわゆる「ビッグ発言」)し、生意気だと叩かれたことで活躍の場を失っていく。
その過去を問われて、田原はこたえる。
「でもさ、いっぺん田原俊彦をやってごらんよ」
成功と運の話を書いているときにこの言葉を思い出した。突飛かもしれないけれど、彼はこういいたかったのだ(と、思う)。
僕はブラックスワンを見たよ。君は見てないだろ。
田原はいま、ディナーショーやライブハウス、ファンのイベントなどで歌とダンスを披露している。年に1枚、CDを出しつづけているもののほとんど売れない。それでも、彼は胸を張っていう。
「マイケル・ジャクソン亡き今、歌って踊るステージでは、僕が一番だっていう自信がある」
そして、こう続ける。
「(CDが売れなくても)次は必ずヒットすると信じている。信じて続けることが大事なんです。打席に立ち続けることですよ」
私は田原のステージを見たことがないから、それがどれほどのものかわからない。だがそのパフォーマンスの客観的な評価にかかわらず、彼の言葉にはこころに響くなにかがある。
私たちは、逆境に抗う田原からどのような教訓を引き出すことができるだろうか。
ブラックスワンと出会っても、なぜ出会えたかはわからない(経験則は役に立たない)、ということだろうか。
青い鳥と同じように、ブラックスワンもいちど逃げ去ってしまえば二度と戻ってこない、ということだろうか。
あるいは、これらはすべてたんなる後知恵で、教訓などなにもないのかもしれない。
それでも、すくなくとも田原は、私たちにひとつの真実を教えてくれる。
いちどブラックスワンに出会えば、もういちど会いたくなる。この渇望から誰も逃れられない。
だから彼はいまも、小さなライブハウスのステージに立ちつづけるのだろう。
もっとも、これがどんな「教訓」になるのかはわからないけれど。