日本ではあまり理解されていないが、グローバルスタンダードでは「差別とは合理的に説明できないこと」と定義されている。
欧米ではジェンダーギャップ(社会的性差)を論じるとき、たんに男性社員と女性社員の収入の差を比べるのではなく、そのなかに「合理的に説明できない」ものがどれだけ残っているかが問題になる。北欧でも女性が子育てを優先して公務員などを希望することはあるが、これは彼女の自由な選択であって、それによって男女の平均給与に差がついても社会的な差別とはいえない。
そしてじつは、この原則はすでに日本でも導入されている。
2013年4月、民主党政権が労働契約法20条を成立させ、パートや契約社員など有期契約で働く労働者と正社員のあいだで、賃金や手当、福利厚生などの労働条件に不合理な差をつけることを禁じた。それにともなって司法も、「正社員」と「非正規」の合理的な根拠のない待遇のちがいを「差別」と認定するようになった。
2017年9月、日本郵政の契約社員が正社員との格差解消を求めた訴訟で、東京地裁は年末年始手当、住居手当、休暇制度などの格差を不合理と判断し、日本郵政は労働組合との合意のもとに正社員2万人のうち約5000人に支給していた住宅手当を10年かけて廃止することにした。
また2018年6月、浜松市の物流会社の契約社員が6種類の手当の格差是正を求めた裁判で、最高裁は4種類の手当を不合理とした高裁判決を支持するとともに、正社員に支給される皆勤手当も「出勤者を確保する必要性は非正規社員も変わらない」として不合理と認定した。
しかしその一方で、横浜市の運送会社に定年後再雇用された嘱託社員が賃金の減額を不当と訴えた訴訟では、すでに退職金を受け取り、近く年金が支給されることなどを理由に、基本給や大半の手当の格差が「合理的」とされた。これはどう考えればいいのだろうか。
じつはアメリカでは定年制は年齢差別として違法で、2010年にイギリスがそれにつづいた。高齢化が進むなか世界の趨勢は「生涯現役」で、これからは年齢にかかわらずいつまでも働ける権利が重視されるようになるだろう。
ところが日本の会社は、いまだに年功序列・終身雇用が当たり前で、60歳(ないしは65歳)になれば「強制解雇」され、その代償として退職金が支払われる。勤続年数が長くなるほど給与に年齢相応の上乗せがあるのは、逆にいえば若いときは安く働かせるためだ。
これはすなわち、日本的雇用そのものが「年齢差別」だということだ。それを放置したまま定年後再雇用に同一労働同一賃金を適用すると、逆に「差別」を助長することになると最高裁は危惧したのだろう。
定年退職したというだけで、同じ仕事をしている同僚より安い報酬に甘んじなくてはならないのはたしかに理不尽だ。この不合理を是正しようとすれば、日本の経営者と労働組合はまず、年功序列・終身雇用と決別しなくてはならない。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.77『日経ヴェリタス』2018年6月24日号掲載
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