「朝日」はなぜこんなに嫌われるのか? そう訊ねれば、たちまちいろいろな答えが殺到するでしょう。かつては慰安婦問題で叩かれていましたが、最近は「どうでもいい話を針小棒大に報道する」というのが定番の批判のようです。それを「ネトウヨの遠吠え」と嘲笑するひとたちもいて、この話題は収拾のつかない罵り合いになっていきます。
それぞれ言い分はあるでしょうが、議論の泥沼から一歩退いて眺めれば、世界じゅうで同じような憎悪の応酬が起きていることがわかります。典型的なのはアメリカで、「親トランプ」の(白人)保守派と「反トランプ」のリベラルの衝突のはげしさは日本の比ではありません。
「朝日」は戦後民主主義という日本独自のサヨク思想を代表しています。冷戦の終焉によってソ連、中国共産党、北朝鮮、マルクス主義を礼賛するこの奇怪なイデオロギーは破綻しましたが、それにもかかわらず「むかしの名前」でへたくそな歌をうたいつづけているというのが、「朝日ぎらい」の標準的な説明でしょう。
しかし、理屈が間違っているのなら、それを指摘すればいいだけですから、「しょーもないなあ」と呆れることはあっても、SNSなどに見られる底知れぬ憎悪は説明できません。そこには、なにか別のちからがはたらいているようです。
「安倍一強」に象徴されるように、日本の「右傾化」が止まらないといわれています。しかしもしこれが事実だとすると、「右」方面のひとたちは、自分たちが望む社会にどんどん近づいているのですから、毎日を気分よく過ごしているはずです。しかしネットを見るかぎり(個人的な知り合いはいないので)、彼らはなぜかいつも怒っています。
この奇妙な現象のもっともシンプルな説明は、世界は「右傾化」しているのではなく「リベラル化」しているというものです。声をかぎりに「正論」を叫んでも思いどおりにならないからこそ、抑えようのない怒りが込み上げてくるのです。
21世紀を迎えて、AI(人工知能)などのテクノロジーの急速な進歩を背景に、私たちは「グローバル化・知識社会化・リベラル化」の巨大な潮流に飲み込まれることになりました。しかし残念なことに、すべてのひとがこの急激な変化に適応できるわけではありません。こうしていたるところで、「アンチグローバリズム・反知性主義・右傾化」というバックラッシュ(反動)が起きるようになったのです。
しかしこれを、レイシズム(人種差別)と結びつけるのは誤りです。トランプ支持者は白人の優越を主張するのではなく、自分たちを「見捨てられた白人」だといいます。これが「白人アイデンティティ主義」で、「白人という以外に誇るもののないひとたち」のことです。同様にネトウヨは、「日本人という以外に誇るもののないひとたち」と定義できるでしょう。
アイデンティティは「社会的な私」の核心で、これを心理的に攻撃されると、脳は物理的な攻撃と同じ痛みを感じます。いま世界のあちこちで(もちろん日本でも)起きている事態は、「リベラル化」と「アイデンティティ化」の衝突と考えるとすっきり理解できます。
そんな話を書いた『朝日ぎらい』が、朝日新聞出版社から発売されました。「私たち、そんなに嫌われてますか?」という帯を書店で見かけたら、手に取ってみてください。
『週刊プレイボーイ』2018年6月18日発売号 禁・無断転載