ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2019年9月12日公開の「イギリスの地方都市にふきだまる「下級国民」、 チャヴは蔑まれ、嘲笑される白人の最貧困層」です(一部改変)。

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イギリスが国民投票でブレグジット(EUからの離脱)を決めた2016年6月、たまたまロンドンにいた。といっても、ジャーナリストとして選挙を取材したわけではなく、同時期にフランスで行なわれたサッカーのEURO2016(UEFA欧州選手権)を見に行くついでに立ち寄ったのだ。
国民投票の翌日、予想に反してEU離脱派が過半数を制したとのテレビニュースを聞きながらユーロスターでドーバー海峡を超え、準々決勝まで3試合をスタジアムで観戦して帰国のためイギリスに戻ったのだが、そのときはロンドンから西に150キロほどのブリストルに泊まってみた。
ブリストルで見た白人のホームレスたち
サウス・ウェスト・イングランドの中心都市であるブリストルは人口40万人ほどで、ローマ時代の温泉がある観光地バースや、ウェールズの首都カーディフにも近い。市の中心部を流れるエイボン川を下ればブリストル海峡から北大西洋に出るため、18世紀には三角貿易(奴隷貿易)の拠点として栄えた。
ブリストル駅に近い中心部のホテルにチェックインすると、川沿いにレストランが並んでいると教えてもらったので、夕方、すこし市内を歩いてみた。イギリスの地方都市はあまり行ったことがなかったのだが、所在なげにしている若者がやけに多いなあ、というのが第一印象だった。
下は、埠頭に座ってビールを飲みながらエイボン川を眺める男性2人。この日はたまたま日曜だったので、久しぶりに会った友だち同士で語り合っているのだろうと思った。

次は、別の埠頭で見かけた若者5人組。近くのスーパーでビールを買ってきて日がな一日えんえんと飲みつづけているようで、1人はぐっすり寝入っていた。

ホテルの近くに小さな広場があるのだが、そこでもなにをするでもなく時間をつぶす若者たちを見かけた。

下の写真は、その公園の一角で、犬を散歩中の男が知り合いと出会って話をしているところ。右の2人はヒッピーなのかホームレスなのかわからない風体をしている。その奥では、地元のひとたちが10人ほど集まっていた。


公園から車道に出るトンネルの壁には、さまざまなアート(あるいは落書き)が描かれていた。夕方早い時間はギターの弾き語りをしている若者や、壁の伝言板を見ている男たちがいたが、夜になってホテルに戻るときはホームレスのねぐらになっていた。


ブリストルではどこに行ってもホームレスらしき若者が目につく。そのため、ふつうにカメラを構えるとそこに彼らが写り込んでしまうのだ。下の写真は市内のカフェを撮ろうとしたのだが、路上に若い男性が座っていることはシャッターを押してから気づいた。

こうした若者たちの共通点は、全員が「白人」だということだ。その後、彼ら/彼女たちは、「チャヴChavs」と呼ばれていることを知った。
チャヴにはポジティブな要素はなにもない
2011年、オックスフォード大学卒の20代のライター、オーウェン・ジョーンズの『チャヴ 弱者を敵視する社会』(依田卓巳訳/海と月社)が世界的ベストセラーになった。――原題は“CHAVS The Demonization of The Working Class(ワーキングクラスの悪魔化)”。世界金融危機後の不況で、アメリカでは「ウォール街を占拠せよ」の運動が始まっており、イギリス社会の経済格差へのジョーンズの告発はたちまち“グローバル資本主義批判”の格好の材料になったのだ。
「チャヴ」とは何者か? 日本ではイギリスの底辺層(ブロークン・ブリテン)の状況はブレイディみかこ氏の一連の著作で知られているが、『子どもたちの階級闘争 ブロークン・ブリテンの無料託児所から』(みすず書房)では、チャヴは次のように紹介されている。
「(チャヴという)言葉が意味するところは、公営住宅地にたむろっているガラの悪い若者たちのことであり、好んでフード付きのパーカーやジャージを身に着けることで知られ、ドラッグ、ナイフ犯罪、強盗、10代の妊娠などの英国社会の荒廃を象徴する言葉と結び付けられてきた層である。2011年のロンドン暴動も一部では「チャヴ暴動」と呼ばれたものだった」
ジョーンズの本でも、CHAVは「公営住宅に住んで暴力的Council Housed And Violent」の略だとの俗説が紹介されている。
日本語で「チャヴ」にもっとも近いのは「ヤンキー」だろうが、マンガやアニメ、映画に描かれるときは「バカだけどカッコいい男の子」というイメージがある。「マイルドヤンキー」や「やんちゃな子ら」なども含め、「地域のコミュニティにかかわることを選んだ若者たち」と肯定的に扱われることもある。「ハングレ」は闇ビジネスに片足を突っ込みながら六本木などの繁華街で派手に遊んでいる、という感じだ。だがイギリスの「チャヴ」には、こうしたポジティブなニュアンスはまったくない。
リチャード・ヒルトンは成功したフィットネスクラブの経営責任者で「チャヴ嫌い」として知られている。そのヒルトンは、「チャヴ」を次のように定義している。
「彼ら(チャヴ)の多くはイングランドに暮らしながら、そこをたぶん「エンガーランド」と発音している。母国語の発音すらろくにできず、単語を正しく綴ったり、文章を書いたりする能力もほとんどない。連中はナイフやピットブリテリア(闘犬としてつくられたブルドッグ)が大好きで、すれちがうときに、たまたま肩がぶつかったり、相手の目つきが気に入らなかったりすると、待ってましたとばかりナイフで刺そうとする。15歳までに子を産むことが多く、1日の大半を「スーパースカンク」(強力な大麻)や「ギア」(ヘロインと摂取用の道具)を手に入れることに費やしている不潔なティーンエイジャーたち。もし21歳までに少年院に入れられなければ、コミュニティ内の実力者に祭り上げられるか、運のいい人間として「大いに尊敬」される」
郊外や地方都市の公営住宅に吹きだまった彼ら/彼女たちは「負け犬」であり「やっかい者」だ。チャヴとは、ようするにイギリス社会の「下級国民」なのだ。
チャヴにはどのような罵詈雑言も許される
オーウェン・ジョーンズの本を読んで驚くのは、イギリスでは「チャヴ」に対してはどのような批判、あるいは罵詈雑言を浴びせても許されていることだ。
本の冒頭でジョーンズは、マデリーン・マクカーンとシャノン・マシューズという2人の幼い少女の失踪事件を取り上げている。
マデリーンはミドルクラスの子どもで、2007年5月、ポルトガルの高級リゾート地で就寝中の寝室からなんの痕跡も残さずいなくなった。この事件はイギリス中で大きな反響を巻き起こし、彼女を無事に親元に送り届けることに260万ポンド(約3億7700万円)の報奨金が約束された。
シャノンはマデリーンと同じ白人の娘だが、2008年2月に水泳教室の帰り道に姿を消したあと、提供された報奨金はわずか2万5500ポンド(約370万円)だった。なぜこれほど大きな差がついたかというと、シャノンがワーキングクラス(チャヴ)の子どもだったからだ。
シャノンは北部の古い工業地帯の貧しい団地で育ち、母親のカレンは5人の男とのあいだに7人の子をもうけ、本人は無職で、パートナーの男はスーパーマーケットの魚売り場で働いていた。娘の失踪を訴える母親のカレンは、「垢抜けない服装、ひっつめた髪、化粧もせず32歳の実年齢よりかなり老けて見える暗い顔」で登場し、その隣に立つ猫背のパートナーは「野球帽、スウェットシャツ、ジャージのズボン」だった。
タイムズ紙の記者はそれを見て、「私たちのようなおとなしい中流階級には、この事件は理解できない。(略)なぜならこの種の貧困は、アフガニスタンで起きることのように私たちの日常からかけ離れているからだ。(シャノンが生まれ育った)デューズベリーの白人労働者階級の生活は、まるで外国のようだ」と書いた。
事件の翌月、シャノンは無事に発見された。これはよいニュースだが、問題は、犯人が母親のパートナーのおじだったことだ。
これを受けて、あるコラムニストは「彼女(シャノンの母親)の出自、つまり見るとがっかりするような、あのおそろしく自堕落なイギリス人を取り巻く物語は、失敗の教訓として読まれるべきだ」「野暮ったい髪が脂ぎった顔に垂れ、実年齢は32歳だが60歳に見えるカレン・マシューズは、無気力に褒美を与える社会の産物である」と書いた。
別の女性ジャーナリストは、「(この事件が)大部分の国民の暮らしや、われわれの大半が常識だと思っている態度や社会的慣習からかけ離れた下流階級の存在を明らかにする」のに役立ったと論じた。
ある地元紙は「この事件によって『下流階級』に対する多くの偏見が正しいことが確認されたようなものだ」と報じ、人気コラムニストは「(シャノンの母親やパートナーたちは)現在この国のもっとも暗く汚れた片隅で(人間より)下の階級に属している。ごくつぶしのたかり屋で、道徳心や思いやり、責任感はいっさいなく、愛情も罪悪感も持ち合わせていない」と述べた。
あらためて確認しておくと、この事件では犯人は身内(パートナーのおじ)であったものの、シャノンの母親は無関係の「被害者」だ。そう考えれば、こうした報道は(ヨーロッパと比べて「リベラル度」が劣っているとされる)日本の感覚でもとうてい許容されないだろう。
「多様性」をなによりも重んじるイギリスで、なぜこんなことが許されるのだろうか?
サッチャー政権下の持ち家優遇策策の思わぬ影響
イギリスの最底辺でチャヴはどのように生まれたのだろうか? オーウェン・ジョーンズは「ラディカル・レフト」と呼ばれる政治的立場で、1980年代のサッチャー政権以降の「グローバリズム(ネオリベ)」を、トニー・ブレア率いる労働党政権も含めて全否定しているが、そうしたイデオロギー的バイアスを取り除いてまとめるなら以下のようになるだろう。
「ゆりかごから墓場まで」の高福祉によって社会の活力が失われ「英国病」と揶揄された状況を痛烈に批判し、1979年の総選挙に大勝し首相の座についたマーガレット・サッチャーは「社会などというものは存在しません。個人としての男と女がいて、家族があるだけです」という有名な言葉に象徴されるように、徹底した「自由と自己責任」の論理を国民に求めた。
そんなサッチャーが鳴り物入りで導入したのが「買う権利」政策で、公営住宅を20年以上借りていることを条件に、住宅ローンを組んで相場の半値で買うことが認められた。この大胆な持ち家奨励策によって、自らの資産(マイホーム)を管理し、仕事や子育てなど自分の人生に責任をもつ「中流階級(ミドルクラス)」を創出しようとしたのだ。
これは「労働者階級(ワーキングクラス)」のなかで一定以上の収入のある層には大きな恩恵だった(なにしろ市価の半値でマイホームが持てるのだ)。その一方で、じゅうぶんな収入のない労働者はこの好条件でもマイホームを買うことができず、老朽化する一方の公営住宅に住みつづけるしかなかった。
さらに、「国民総持家政策」によって新たな公営住宅が建設されなくなったことが貧困層の状況を悪化させた。不動産価格の上昇で、家を買うことも借りることもできなくなった何百万人もが公営住宅の入居待ちリストに名を連ね、1984年から1989年のあいだにイギリスのホームレスの数が38%上昇した。こうして公営住宅は、「もっとも貧しく弱い人々に特化した住まい」になっていった。
保守党政権にとって、「買う権利」を活用できないのは「自己責任」でしかなかった。これは、サッチャーの次のような言葉に象徴されている。
「今日、この国に根本的な貧困は存在しません。西欧諸国に残っているのは貧困以外の問題です。たしかに、貧困らしきものはあるかもしれない。それは予算の立て方や、収入の使い途を知らないからです。しかし、いま残っている問題は、個人のごく基本的な性格の欠陥だけです」
きびしくなる「貧者のライフスタイル」への批判
1997年にトニー・ブレアの労働党が政権を奪取するが、この「リベラル」なエリートたちが掲げたのが、イギリス社会の宿痾である「身分制」を終わらせることだった。それは、貴族と平民の階級を打ち壊し、すべての国民が身分や人種・性別などに関係なく、「能力(学歴・資格・経験)」によってのみ平等に評価される社会をつくることだった。ブレアは、政権を担うにあたってこう宣言した。
「エリートのイギリスは終わりました。新しいイギリスは能力主義(メリトクラシー)社会です」
労働党政権は教育や職業訓練(積極的雇用政策)に予算を投じ、これによって移民を中心に、高い能力を持ちながらもそれを発揮することができなかったひとたちが階級の壁を越え、社会の主流に「なり上がる」ことが可能になった。
これは素晴らしいことだが、だからといってすべての国民が教育の恩恵を受けて中流階級になれるわけもなかった。こうして、学校をドロップアウトし、まともな仕事につくこともできない若者たちが公営住宅にふきだまることになった。「基本的な読み書き計算能力を習得して公立高校を卒業する生徒は、貧しい白人男子では15%、同じく女子では20%にすぎない」のだ。
労働党政権はその出自(労働者の党)から、こうした貧困層には比較的温情的で、失業保険や児童手当、生活保護などで生活を支えた。そうすると社会から排除された若者たちのなかに、生活保護を受けながら児童手当目当てに子どもをたくさん産むという「貧者のライフスタイル」が生まれた。これが「チャヴ」だ。
2000年代になると、保守派のメディアを中心に、福祉にただ乗りする「チャヴ」を問題視する記事が急増していく。日本における「ナマポ(生活保護)バッシング」と同じで、メディアとネットの「チャヴ・ヘイト」を政治家が利用することでひとびとの視線は急速にきびしくなっていった。
2006年の調査では、イギリス国民の4分の3が経済格差が「大きすぎる」と考えていたのに、貧困層の社会保障にもっと税金を使うべきだとするのは全体の3分の1をわずかに超える程度だった。1986年には国民の半数近くが無職の夫婦を「生活困窮者」に分類すべきだと感じていたが、2005年になるとそれが3分の1あまりに減った。1986年には、貧困の原因を怠け癖や意志の弱さと結びつけるのは19%だったが、20年後には27%まで増えた。
2010年、労働党から政権を奪還した保守党のデイヴィッド・キャメロンは、「無料(ただ)で何かが得られる文化を終わらせる。合理的な条件の仕事につかないのであれば、生活保護は打ち切る。例外はない」と宣言した。
この公約どおり、保守党政権は妊娠中の健康維持のための助成金を廃止し、ひとり親に対して子どもが5歳になったら仕事を探すこと(10歳からの引き下げ)を義務化し、児童手当を廃止するなどの「緊縮」に邁進することになる。
この「緊縮」によってイギリスの貧困層にかろうじて残っていたコミュニティ(共同性)が崩壊していく過程は、ブレイディみかこ氏の『子どもたちの階級闘争』や近刊の『ぼくはイエローでホワイトで、ちょっとブルー』(新潮文庫)など一連の著作でリアルに描かれている。
チャヴを嘲笑しても構わないのは「白人」だから
オーウェン・ジョーンズによれば、2004年に「チャヴ・ヘイト」がイギリスのサブカルチャー(ネット論壇)の中心に躍り出た。
チャヴの職業は「荒っぽい建設作業員や屋根職人、配管工、露天商、機械工、警備員」で、チャヴェット(女性のチャヴ)は「美容師、エステティシャンの見習い、清掃員、バーのホステス」。「男女とも〈リドル〉〈ネットー〉〈アルディ〉といった安売りスーパーマーケット・チェーンのレジ係をしていたり、ファストフードのレストランであくせく働いていたりする」が、それより一般的なのは「公営住宅に住む貧しい労働者階級の家庭の出身で、収入は失業手当から得ている」ことだ。
「荒野でチャヴを見つける」というサイトでは、チャヴの外見を「最新流行の偽デザイナーズ・ファッションやブランド物のスポーツウェア、死んでも欲しいアクセサリーの数々、驚くほど豪華な九金の宝飾品(ブリング)」としたうえで、「さあ、誰が見つけられるか、家族みんなで楽しもう…」と勧めている。
ジョーンズによれば、チャヴをバカにして楽しむのはネットだけでなく、いまではテレビのドキュメンタリーやバラエティ番組、トークショー、さらには映画にまで拡大しており、「チャヴテイメント(チャヴのエンターテインメント)」の様相を呈している。
なぜチャヴはここまで嘲られ、罵られ、エンタメ化されるのか。それは彼らが「白人」だからだ。
「リベラル化」するイギリス社会では、PC(政治的正しさ)のコードがきわめてきびしくなり、女性や外国人(黒人やムスリム)、LGBTなどマイノリティ(少数派)への批判は「差別」と見なされ許容されなくなった。しかしこれは逆にいえば、マジョリティ(多数派)はどれほど攻撃してもかまわない、ということでもある。そしてイギリス社会のマジョリティは「白人」だ。
こうした構図は、アメリカにおける「プアホワイト」や「ホワイトトラッシュ(白いゴミ)」と呼ばれる白人貧困層(その多くが熱烈なトランプ支持者)への批判と同じだ。下記はジョーンズがリベラルのチャヴ・ヘイトについて述べたものだが、そのままトランプ支持者にも当てはまるだろう。
「リベラルなチャヴ・ヘイターは、白人労働者階級を「社会階級」ではなく「民族」としてとらえ、社会問題を経済的要因ではなく文化的要因のせいにする。問題があるのは彼らの生き方であって、社会の不平等な構造ではない。白人労働者階級が抑圧されているとしたら、それは本人が無能だから、というわけだ。民族的マイノリティに対する大規模な差別が、失業や貧困、さらには暴力などの問題の原因になっていることを認める一方で、白人労働者階級の人々については同じことが当てはまらないと考えるのだ」
「多様性」を重んじるイギリス社会では、チャヴは「多文化主義のなかで混乱し、大量移民による文化の荒廃から自分たちのアイデンティティを守ることに取り憑かれた人々」であり、「人種差別主義者」の別の名前なのだ。
「煉瓦の壁に頭を打ちつけているような気分」
オーウェン・ジョーンズの『チャヴ』では、ニューカッスルに近い廃坑の町が紹介されている。そこでは、仕事を失った男たちがあふれている。ジョーンズがドラッグが蔓延する理由を訊くと、「やることが何もないないからよ。だからみんな、そうだ、ちょっとドラッグでもやってハイになろうと思うの。暇つぶしになるから」との答えが返ってきた。
とはいえ、若い男が昼間から街でぶらぶらしているわけではない。彼らは別のところにいるのだ。新聞販売店の女性2人がこう語った。
「若い男の人なら――学校で会えるわ。私たちの子供が通っていたころは、学校に男の人なんてひとりもいなかったけど。でも、いまは子どもたちの送り迎えをしてる」とひとりが言う。「なぜって。奥さんたちは清掃の仕事につけるから、男のほうが子供の世話をして、学校の送り迎えをしているのよ」ともうひとりが説明する……。
近くの薬局で働いている女性の夫は、工場が閉鎖されて2005年に失業した。それから5年たっても夫は無職のままだ。
「何もないの。このあたりは荒廃してしまって本当に何もない……私は少し勤務時間を長くしたんだけど、何よりひどかったのは、パートタイムで働いているだけなのに、夫が職業紹介所に行くと、「奥さんの仕事を辞めさせなさい」と言われたこと。もちろん私は辞めなかった。代わりに勤務時間を増やしたら、収入は少し増えたけど、その分タックス・クレジットが減った」
あまりにも失業が長引いて、彼女の夫の自尊心は打ち砕かれた。
「ひどい話よ。(夫が)求人の応募するんだけど半分は返事もなくて、しかたがないから電話して面接を受ける。彼はあちこちの企業に電話して、『こちらから出向いて1週間、無償で働きますので、いいと思ったら雇ってください』と言う。煉瓦の壁に頭を打ちつけているような気分ね」
ジョーンズによれば、就労者のいない貧困世帯は300万だが、このほかに、働いていても最低生活水準以下の世帯が350万ある。イギリスは1999年に最低賃金を導入し、2010年で22歳以上の時給が5.8ポンド(約840円)だが、17歳以下は3.57ポンド(約520円)、18歳~21歳の労働者は4.83ポンド(約700円)だ。
低収入の労働者にはワーキング・タックス・クレジット(働いている親やひとり親に、最高で年額約30万円を支給。子どもの保育費用によっては加算もあり)と、チャイルド・タックス・クレジット(16歳未満の子を持つ親に、最高で年額8万円を、さらに子どもひとりにつき最高約40万円を支給)があるが、資力調査を嫌って多くの対象者が請求していないという。
さらには、タックス・クレジットがあることで、低賃金が「柔軟な」労働市場の必要悪と見なされ、「実質的には、低い給与に国が助成金を出している」との批判もある。
私がブリストルで見たのも、そんなイギリスの寒々しい光景だったのだろう。
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