高額療養費問題で、高齢世帯の負担増を議論しないのはなぜか? 週刊プレイボーイ連載(634)

日本の健康保険には、一定の金額を超えた医療費が払い戻される「高額療養費」の制度があります。自己負担額は収入(標準報酬月額)によって変わりますが、月額27万円(年収324万円)以下の現役世代および収入が年金のみの高齢者(一般所得者)は、上限の5万7600円(長期の治療の場合は4万4400円)を超えた分の医療費が保険で支払われることになります。

がんなど重い病気の患者にとって経済的な負担を大きく軽減できる仕組みですが、医療の高度化や高額な薬剤の保険適用によって持続可能性が問われる事態になっています。大企業の会社員らが加入する健康保険組合では、1カ月あたり1000万円以上だった医療費(診療報酬明細書)は2018年には728件でしたが、23年は2156件とわずか5年で3倍に増えています。

これによって現役世代が支払う保険料は引き上げられ、子育て世帯の家計を圧迫しています。そのため政府は高額療養費制度の負担上限額を引き上げるとともに、長期の治療を受ける患者に適用されていた軽減措置(多数回該当)も自己負担分を増やすことにしました。ところが、がんの闘病経験をもつ若手議員の「涙の訴え」など、「患者がかわいそう」という批判が殺到し、長期治療の負担増は見送られることになりました。

高額療養費の見直しが抱える矛盾は、現役世代の保険料負担を軽減して児童手当の財源にしようとすると、現役世代の患者の家計が破綻してしまうことです。逆に高額寮費制度を現在のまま維持すれば、保険料はさらに引き上げられ、子育て世帯の負担が重くなる一方です。

これがトレードオフ(あちら立てればこちらが立たぬ)になってしまうのは、現役世代と現役世代を対立させているからです。不思議なのは、年金を受給する高齢世代の負担増がいっさい議論されないことです。

年収1000万円でも、マイホームのローンや子どもの教育費などがのしかかる現役世帯の家計はけっして楽ではありませんが、それにもかかわらず高い健康保険料を納めています。その一方で、住宅ローンを払い終わった不動産に加えて多額の金融資産を保有する高齢者でも、収入が年金しかない場合、後期高齢者医療保険料の負担は月額平均7000円ほどで、高額療養費の自己負担も最低区分です。

なぜこんな理不尽なことになるかというと、社会保険の負担が所得を基準にしており、どれほど資産をもっていても保険料などの負担に反映されないからです。その結果、必死に働いている「中流の上」の現役世代から徴収した保険料を、大きな資産をもつ高齢者に分配することになってしまうのです。

皮肉なのは、このような“逆分配”を放置している政府が「異次元の子育て支援」を掲げていることです。それ以上にグロテスクなのは、いまや団塊の世代の高齢者しか読者・視聴者がいなくなったマスメディアがこの矛盾に触れるのを避け、“エモい報道”で政府批判をしていればいいと思っていることです。

日本の社会保障制度は早晩、行き詰まるでしょうが、その前に現役世代は徹底的にむしられることになるのです。

参考:「高額療養費 安心と負担と」朝日新聞2025年2月17日

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