第120回 信頼で成り立つ社会の問題(橘玲の世界は損得勘定)

写真スットックのサイトで購入した素材を自分のブログに使っていたら、著作権者の代理人を名乗る団体から、無断転載のおそれがあるので、ライセンスを証明するか、使用料として350ユーロ払えというメールが来た。

詐欺メールの類だと思って放っておいたのだが、再度の督促が来たので調べてみると、ドイツに本社を置く実在の会社で、画像検索やAIによる自動判定で、世界中のオンライン画像の無断転載を検出しているのだという。

どうやら本物らしいとわかったので、サイトのフォームから、エージェンシーから正規で購入したものであることを、ライセンス画面のキャプチャーを添えて報告した。

2日ほどして、「提供された情報を確認した結果、請求を終了することにしました」という素っ気ないメールが送られてきた。勝手に文句をつけておいてどうなのかと思ったが、請求から確認まですべてAIで自動化しているようなので、文句をいってもバカバカしいだけだ。

その数日後に、アマゾンから税務情報の登録を求めるメールが送られてきた。指定された入力フォームには、個人情報や銀行口座を入力する欄がある。

これも詐欺にちがいないと思ったが、文面をよく読んでみると、アマゾンのプラットフォームを使って電子書籍を販売する場合、アメリカの非居住者は、アメリカ国内での売上の30%が源泉徴収されることを了承する書類の提出しなければならないらしい。けっきょくこれも本物だとわかり、入力フォームに必要事項を記入して送信した。

こうしたことをいちいち気にしなくてはならないのは、毎日、大量のフィッシングメールが送られてくるからだ。そのほとんどは迷惑メールフィルターではじかれるが、それをすり抜けてくるものもある。最近の詐欺グループはAIを使ってそれらしい文章や動画を生成するようになり、警察庁をかたるメールが注意喚起されたこともある。

これが問題なのは、わたしたちの社会がデフォルトで他人を信頼することで成り立っているからだ。初対面の相手をすべて疑い、家族や友人・知人しか信用しなくなれば、新しい出会いはなくなり、世界はものすごく狭いものになってしまうだろう。

だがいまでは、親は子どもに、「ネットで出会う相手をすべて疑いなさい」と教えなければならなくなっている。こうして育った子どもたちがどのような社会をつくっていくのか、想像するとちょっと怖くなる。

そんなことを考えているとき、珍しく電話がかかってきた。相手は若い男性で、税務署員を名乗った。

今度こそ詐欺に間違いないと思ったが、話を聞いてみると、数日前に私が郵送した年末調整の書類に年号の間違いがあるという(「令和6年度分」とすべきところを「令和7年度分」と記載してしまっていた)。

それをこちらで訂正していいかと訊かれたので、あわてて自分のミスを謝罪して修正してもらった。疑って申し訳ないことをした。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.120『日経ヴェリタス』2025年2月22日号掲載
禁・無断転