陰謀論はどのように生まれ、拡散するのか 週刊プレイボーイ連載(633)

1月29日、アメリカの首都ワシントンのレーガン・ナショナル空港に着陸しようとした旅客機に軍用ヘリ、ブラックホークが衝突、市内を流れるポトマック川に墜落し、双方の乗員・乗客70人ちかくが死亡しました。旅客機には元世界チャンピオンを含むフィギュアスケートの選手、コーチらが搭乗していたと報じられました

レーガン空港上空は、政府要人がヘリで移動することも多く、近くには大規模軍事施設もあり、アメリカでもっとも混雑する空域のひとつとです。管制官の人手不足も指摘され、当初は管制ミスによる事故ではないかといわれました。

ところがSNSであるインフルエンサーが、衝突の瞬間を鮮明に記録した動画を投稿したことで流れが変わります。ブラックホークは旅客機が正面から近づいているにもかかわらず、なんら回避の努力をしていないように見えるのです。

この空域ではヘリの高度は200フィートに制限されていたにもかかわらず、ブラックホークは高度300フィートまで上昇したとされます。こうして、事故はヘリのパイロットのミスか、あるいは意図的なものではないかとの疑惑が生じました。――その後、管制官は墜落の2分前と12秒前に旅客機についてヘリに警告していたことがわかりました。

ヘリは訓練飛行中で、3人のパイロットが搭乗していましたが、陸軍は当初、2人の氏名しか公表しませんでした。そしてこれが、なんとも奇妙な陰謀論を生むことになります。

飛行機事故についての動画には、ヘリに搭乗していた残りの1人がトランス女性のパイロットだという大量のコメントがつけられました。トランプが証拠を示さず、この事故の原因が「(多様性を重視する)DEIのせいかもしれない」と示唆したことで、このトランス女性はトランプ政権の反多様性政策に反対するために、軍用ヘリを旅客機に衝突させるという「テロ」を行なったにちがいないと決めつけられました……。

すくなくとも、カリフォルニア州とパキスタンの2つのニュースサイトがこの噂を「事実」として報じました。SNSの投稿から学習するXの人工知能チャットボット「Grok」も、ヘリに搭乗していたのがトランス女性だと回答するようになりました。

ところがその後、当のトランス女性が「私は生きており、衝突事故とはなんの関係もない」という動画をSNSに投稿し、噂を否定します。さらに陸軍も、残る1人のパイロットが28歳の女性であることを明らかにし、家族が公表を求めなかったと説明しました。

この出来事は、陰謀論がどのように生まれ、広まるかを教えてくれます。

きっかけは、事実が「隠蔽」されたことです。パイロットの身元を明らかにしないのは、知られたくない事情があるにちがいない、というわけです。

次に、この疑惑に対して多くのユーザーがSNSでさまざまな推理を投稿します。するとそのなかから、「そうだったのか!」ともっとも腑に落ちる投稿が選ばれ、それがバズることで、ウイルスが感染するように爆発的に拡散したのです。

当然のことながら、報道に疑問を呈したり、事実を検証しようとするのは正当な言論・表現の自由の範囲内です。フェイクニュースはちょっとしたことで生まれ、大きな影響力をもち、それを規制するのはものすごく難しいのです。

『週刊プレイボーイ』2025年2月17日発売号 禁・無断転載