ドナルド・トランプは「アメリカ・ファースト」を掲げ、大統領就任と同時に支持者の前で多くの大統領令に署名しました。そのなかでも大きな歓声が上がったのが「DEI解体」です。
DEIは「Diversity(多様性)Equity(公平性)Inclusion(包摂性)」の略で、人種や性的指向、性自認などの属性を理由に不利な扱いを受けてきたマイノリティに公平な機会を与え、社会や組織に包摂することを求める運動をいいます。もちろんこれは素晴らしいことですが、だとしたらなぜアメリカ社会で強い反発を受けているのでしょうか。
米保守系グループ「米国平等権利同盟」は、マクドナルドが運営するヒスパニック系学生向けの奨学金制度が他の人種の学生への差別にあたるとして、差し止めを求めて提訴しました。この奨学金は「少なくとも片方の親がヒスパニックかラテン系」であることを条件に、大学生に最高10万ドル(約1500万円)を支給していますが、これが経済的に厳しい状況にある他の人種的少数派を排除していると見なされたのです。原告の代表は、「この奨学金プログラムをただちに中止し、人種的な背景に関係なく、経済的に恵まれないすべての高校生に門戸が開かれることを願っている」との声明を出しました。
2023年に米連邦最高裁は、一部の有色人種を大学入試で優遇する措置を違憲と判断しました。この判決を受けて保守派団体が企業を提訴しはじめたことで、マクドナルドやウォルマートなどが次々とDEIから撤退しています。トランプの大統領令はこうした「反DEI」の集大成といえるでしょう。
アメリカのように人種的多様性のある社会でDEIを進めると、大学進学や就職、昇進などで不利な扱いを受ける多数派の白人から「逆差別」との不満が噴出することになります。民主党のリベラルはこれまで、こうした批判に「人種主義(レイシズム)」のレッテルを貼って封殺してきました。
しかし、保守派が求めているのは白人の優越ではなく、「人種の平等」です。ここでは、異なる正義が衝突しているのです。
DEIを導入した企業や組織は、人種や性的少数者の問題を理解し、平等を実現するための研修を行ないます。困惑するのは、一部の社会学者(それも無意識のバイアスを研究する黒人女性の社会学者)から、こうした研修にはなんの効果もないばかりか、かえって差別や偏見を助長すると批判されていることです。
社会学では、「道徳の証明」が得られると、それを免罪符として不道徳なことを行なう効果が知られています。企業がDEIを導入するのは「社会的責任」の証明を得るためですが、皮肉なことに、DEIに熱心な会社ほど社会的に無責任になるかもしれません。
アメリカでは、財務省など政府機関に対する多様性研修で「事実上、すべての白人はレイシズムに加担している」と教えていることや、この研修を行なう会社の代表者が白人であることが報じられ、保守派の憤激を買いました。多様性研修は、いまや巨大ビジネスになっているのです。
すくなくとも、DEIの旗を振っていれば「差別のない社会」が実現できるというわけではないようです。
参考:「米保守団体、マクドナルドを提訴 「ヒスパニック系奨学金、他の学生を排除」朝日新聞2024年1月15日
ジェニファー・エバーハート『無意識のバイアス 人はなぜ人種差別をするのか』高史明解説/山岡希美訳/明石書店
『週刊プレイボーイ』2025年2月3日発売号 禁・無断転載