テクノロジーによって人類は「補完」され、わたしたちは「ニュータイプ」になっていく

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2021年10月7日公開の「テクノロジーの急速な発達によって、 ガンダムの「ニュータイプ」のような 人間を超える「超人類」は実現可能な目標になった」です(一部改変)

2019年5月9日にピーター・スコット=モーガンがtwitterに投稿した画像。右が「生涯の愛人」フランシス

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ピーター・スコット=モーガンの話を知ったときにはほんとうに驚いた。ALS(筋萎縮性側索硬化症)と診断されたモーガンは、ほぼすべての身体機能を機械に移植し、「デジタル空間の私は年を取らないし、あらゆる言語を話せる。週7日間、これまでのキャリアで最もハードに働いているよ」と語っていた(「人生の半分「バーチャル生活」 人類の進化か退化か」日本経済新聞2021年5月25日)。

『NEO HUMAN ネオ・ヒューマン 究極の自由を得る未来』( 藤田美菜子訳/ 東洋経済新報社)は「サイボーグ」となったモーガンの自伝だが、それを読んでさらに驚いた。テクノロジーの話かと思ったら、愛の物語だったからだ。

殴られて降伏させられるのも、選択肢を奪われて服従させられるのもごめんだ

ピーター・スコット=モーガンは1958年にイギリスのエスタブリッシュメントの家庭に生まれ、全寮制の名門パブリックスクール、イートン校でヘッドボーイ(監督生代表)とフェンシング部の主将の座を約束されていた。理系の大学を目指していたが、教師からは演劇(芸術)の道に進むことを勧められていたというから、文武両道を兼ね備えた、まさに理想のエリート予備軍だった。

だが15歳のある日、すべてがあとかたもなく崩れ去った。校長室に呼び出されたピーターは、「汚らわしい所業」を理由に演劇部を退部させられ、ヘッドボーイとフェンシング部の主将に選出されることもないと告げられた。ピーターが同性愛者だという噂が流れていたのだ(1970年代前半の話だ)。

だがピーターは、これを機会に「一から自分を再発明」しようと決意し、当時、エリートがまったく興味をもたなかったコンピュータを大学で学ぶことにした。そして、親友にこう宣言した。

「これからの僕は、不公平な現実に耐えることを拒否する。代わりに現実を変えてみせる。殴られて降伏させられるのも、選択肢を奪われて服従させられるのもごめんだ。弱みを強みに変えて、新たな選択肢を創造するんだ」

エスタブリッシュメントの大学であるオックスフォードやケンブリッジではなく、理工系のインペリアル・カレッジ・ロンドンに進学したピーターは、20歳の夏、南西部のリゾート地にある同性愛者専用のホテルを予約した。それまで性体験のなかったピーターは、ホテルに着いたとたんにはげしく後悔した。そこに宿泊していた客は年配の男性ばかりだったのだ。

ピーターは12歳のときから、架空の国サラニア王国を舞台とするファンタジー世界を創造してきた。地理や文化だけでなく、王国で使われる言語と文字(筆記体と記号)を発明し、14歳の夏休みは竪琴の設計と制作に費やした。この王国で、ピーターはラハイランという魔術師だった。ラハイランには、騎士アヴァロンという愛人がいた。

ピーターは、老人客しかいないと思っていたホテルで運命の出会いをする。赤みがかったゆたかな金髪を肩まで伸ばし、筋肉質でしなやかなその若者は、フランシスという名のホテルの副支配人だったが、モーガンが夢にまで見たアヴァロンのイメージそのものだった。

二人はたちまち恋におち、大学を休学してリゾート地で暮らすようになった。その後、ピーターはフランシスから勉学を続けるよう励まされ、ロンドンに戻って貧乏暮らしをしながら博士号を取得、コンサルティング会社のアーサー・D・リトルに就職する。ピーターはここで、あらゆる組織には「暗黙のルール」があり、改革を成功させるにはその分析が必須だと説いて大きな成功を収め、30代にしてアメリカ本社のシニアコンサルタントに抜擢された。

だが世界じゅうを講演して回る生活に疲れたピーターは、40代で会社を辞めて個人で仕事を受けるようになり、独立して時間に余裕ができたことで地理や歴史、美術を勉強し、フランシスと世界を旅行して回った。

2005年にイギリスで「市民パートナーシップ法」が施行されると、ピーターとフランシスは法的に認められた同性愛者の最初のカップルになった。2014年の法改正で、二人は正式に結婚し夫婦になった。

「生涯の愛人」と順風満帆な人生を送っていたピーターに最初の異変が起きたのはその頃だった。突然、右足が思うように動かなくなったのだ。大量の検査を受けてもその原因はわからなかったが、やがて進行性の運動ニューロン疾患(MND)であることが判明した。

身体を「サイボーグ化」し、AIとして生きつづける

神経変性疾患(ALS)はもっとも頻度の高いMNDで、物理学者のスティーヴン・ホーキングが学生時代にALSを発症したあと、50年以上にわたって研究活動を続けられたのは病気の進行が遅かったからだ。ピーターの場合は身体の機能を喪失し、最後は眼球しか動かすことができなくなり、22カ月以内に死亡する可能性が高かった。

だが15歳のあの日と同じように、ピーターは運命に屈服することを拒否した。

ALSは運動を司るニューロンが委縮していくが、脳の思考能力は維持されるし、心臓や肺など内臓機能が損傷するわけでもない。ただ、動かなくなるだけだ。だとすれば、失われた機能をテクノロジーで補うことで、はるかに長く生きられるのではないかとモーガンは考えた。

胃瘻によって胃に直接栄養を送り込み、排尿と排便のために膀胱と結腸にチューブをつなぐ。肺に空気を送り込む筋肉が機能しなくなったときのために、気管切開によって人工呼吸器を装着する。このように身体を「サイボーグ化」すれば、がんや心臓病、老衰などで死ぬことはあっても、ALSによって生命を奪われることはない。

だが、そんな状態で生きつづけることに意味があるのだろうか。これについてもピーターは解決策を見つけ出していた。ヴァーチャル空間に自分のアバターをつくり、眼球の指示によって以前と同じ声でコミュニケーションするのだ。このアバターはいわばヴァージョンアップしたピーター・スコット=モーガンで、〈ピーター2.0〉と名づけられた。Peter Scott-Morganで検索すればその画像や動画を見ることができる。

脳梗塞などによって、意識と記憶が正常だが全身麻痺が起きるのが「閉じ込め症候群」だ。フランスのファッション雑誌『ELLE』の編集長だったジャン=ドミニク・ボービーは、かろうじて動かせる左目のまばたきによって意思疎通を行ない、20万回のまばたきによって回顧録を書き上げた。――この経緯は映画『潜水服は蝶の夢を見る』で広く知られることになった。

だがピーターは、アイトラッキング(眼球の動きの追跡)でキーを指示するだけでなく、それをAI(人工知能)で支援することを考えた。スマホの予測変換のようなもので、ピーターが会話を始めようとすると、定型的な言葉をAIが代わりに話しはじめる。ピーターは重要な部分を指示するだけなので、自然な会話が可能になるのだ。〈ピーター2.0〉は、いわばAIと融合するのだ。

だが、話はこれでは終わらない。これを何年、何十年と続けていくと、AIは学習によって本物のピーターにどんどん近づいていき、しまいには外部からはAIとピーターの区別がつかなくなる。いわば〈ピーター3.0〉だ。

ヴァーチャル世界では、AIのピーターは魔術師ラハイランとして生きつづける。たとえ現実のピーターが死んでも、フランシスはログインすることで、いつでもラハイラン(のAI)に会うことができる。そして、フランシスもより高性能のコンピュータで自分のAIを学習させれば、騎士アヴァロンとなって、二人はサラニア王国で永遠の愛を生きるのだ。12歳の頃のピーターが夢見たように……。

人工網膜で視覚を拡張する

ピーター・スコット=モーガンはALSによってやむなく自身を「サイボーグ化」することになったが、現代のテクノロジーは人体のさまざまな機能を機械に置き換えている。その最先端の現場を科学ジャーナリスト、カーラ・プラトーニが取材したのが『バイオハッキング テクノロジーで知覚を拡張する』(田沢恭子 訳/白揚社)だ。

カリフォルニアのベンチャー企業が開発した「アーガスⅡ人工網膜システム」は、眼球に内部アンテナと受信機、電極アレイと呼ばれる視神経への送信機を埋め込む。メガネのブリッジに搭載されたカメラで光を捕捉すると、それをユーザーのポケットにあるビデオプロセッサーで増幅し、メガネの側面についているディスク型のメインアンテナにケーブルで画像が送られる。ここから、眼球に埋め込まれた装置に画像が転送されるのだ。

画像といっても、アーガスⅡは60個の点しか視神経に伝えることができない。正確にいうなら、人工網膜で見えるのは画像ではなく、「明るい/暗い」のコントラストだけだ。だがそれでも、進路にある障害物をよけたり、ドアや窓の場所がわかったり、室内にいる人物を見つけることができた(その人物が自分に顔を向けているかどうかを見分けられることもあった)。

人工網膜の開発は、アーガスⅡ以外にも、ベンチャー企業や大学・研究機関でさまざまな方法が試みられている。

アルファIMSでは1500個の感光性フォトダイオードを電極にはめ込み、これを搭載したチップを網膜の奥に埋め込んで、生き残っている光受容細胞を刺激する。この方式では光から電気信号への変換を眼内で行なうのでカメラは不要だ。

メガネに組み込んだ装置とオプトジェネティクス(光遺伝学)を組み合わせた方式では、眼内に装置を埋め込む必要がない。オプトジェネティクスは、光感受性タンパク質のオプシンを細胞内に挿入することで、特定の波長の光を当てるだけできわめて高精度でニューロンを制御できる。この方式では、カメラの画像を、網膜からの刺激と同じ電気パルスに変換(エンコード)することで、コントラストだけでなく自然にちかい画像を体験できるようになると期待されている。

いずれの方式が今後主流になるかはわからないが、ひとつだけ確かなことがある。それは、人工網膜の機能が拡張可能なことだ。

人間の目が光として感知するのは電磁波のごく一部で、可視域は下限が360~400ナノメートル、上限が760~830ナノメートルだ。それより短い波長の電磁波には紫外線(UV)、X線、ガンマ線が、長い波長の電磁波には赤外線、マイクロ波、ラジオ波があるが、どれも「見る」ことができない。

だが人工網膜なら、赤外線カメラをシステムに接続することで、夜行性動物のように暗闇でものがよく見えるようになる。顔認証システムと組み合わせれば、眼の前の人物が何者かだけでなく、経歴やSNSでの評判、あるいは犯罪歴まで瞬時に表示されるかもしれない。そればかりか、アーガスⅡの方式では人工網膜に接続するカメラはなんでもかまわないので、監視カメラや他の人工網膜ユーザーの画像を見ることも可能だ(さらにはそれを録画することもできる)。

同様に、人間の耳が音として感じるのは20ヘルツから2万ヘルツのあいだで、それより低い低周波や、それより高い超音波を「聴く」ことはできない。聴覚はさらに容易に拡張可能で、いずれ人工内耳で「健常者」には聴こえない低周波や高周波を知覚できるようになるだろう。

味覚、嗅覚、触覚はデジタル化が難しいぶんだけ難易度が高いが、いずれは「健常者」が体験したことのない味、匂い、肌触りがテクノロジーによって生み出されるかもしれない。

2020東京パラリンピックでは、走り幅跳びで8メートル62の記録をもつ「義足のジャンパー」マルクス・レームが、1991年にマイク・パウエルがマークした8メートル95の世界記録を更新するかが注目された。残念ながら偉業の達成はならなかったが、将来的には、テクノロジーの支援を受けた「障害者」が「健常者」の記録を上回るとの予想は多い。

テクノロジーによって人類を「補完」する

今年完結したアニメ『エヴァンゲリオン』では、「ゼーレ」という謎の秘密結社が、使徒と呼ばれる謎の生命体を使って「人類補完計画」を遂行しようとする。その内容を解説するのは私の手にあまるが、名称からわかるように、この「計画」は人類(わたしたち)になにかが「欠けている」ことが前提になっている。だからこそ、それを「補完」しなくてはならないのだ。

主人公の碇シンジをはじめとする少年少女たちは、この「欠けているもの」を補うために、エヴァンゲリオンに乗って使徒と闘う。だがそれと同時に、登場人物の誰もが自分の内側に欠落したものを抱えていて、世界(人類)を救おうとする壮大な物語は、個人のこころの傷と再生の物語と重ね合わされ、共振する。

1970年代に始まったアニメ『機動戦士ガンダム』では、人類は「ニュータイプ(覚醒した者)」と「オールドタイプ(覚醒していない者)」に分かれている。「ニュータイプ」が何かは作品中では明らかにされないが、この(意図的に)曖昧にされた「新人類」像が若者たちのこころをとらえたのは(『ニュータイプ』というアニメ雑誌までつくられた)、「いまの自分=オールドタイプ」への違和感が広く共有されていたからだろう。

「わたし」のなかに秘められたパワーが宿っていて、なにかのきっかけで神や悪魔、魔術師、ミュータント、スーパーヒーローなどに変身するという物語は、紀元前1500~1000年頃にまとめられたとされる古代バビロニアのギルガメシュ叙事詩から「ハリー・ポッター」まで連綿と語り継がれてきた。

テクノロジーの急速な発達によって、人間を超える「超人類(トランスヒューマン)」はSFやアニメの世界の話ではなく、実現可能な目標になった。

人工網膜や人工内耳は外部の刺激を脳に伝えるが、逆に、脳のインパルスを現実世界の信号に変える実験も行なわれている。

カリフォルニア大学バークレー校の心理学者ジャック・ギャラントは、視覚刺激に対して脳がどのように反応するかを詳細に解析し、その刺激を再構成する「脳のリバースエンジニアリング」に取り組んでいる 。

2009年の実験では、ある写真を見た被験者の脳の刺激を再構成し、5000万枚の別の写真からもっとも近いものを選ぶモデルを構築した。そこでは、港はよく似た形の湾とペアになり、一列に並んだ劇場の俳優たちは、階段で一列に並んだ子どもたちとペアになった。

2011年には、ギャラントのポスドクだった西本伸志が動画を使ったモデルをつくり、ユーチューブからダウンロードした5000時間の動画と比較した。このプログラムでは、「砂漠を歩く象」のオリジナルが、「象と同じくらいの大きさで形状も象と一致する生き物が、歩く速度で左から右へ移動していて、背景に空が映っている」動画として再現された。

ギャラントはさらに、被験者に映画の予告編を見せ、脳の活動からそれに関連した単語を抽出する実験も行なっている。アン・ハサウェイ主演のラブコメディーでは、「女性」「男性」「おしゃべり」「部屋」「歩いている」「顔」という単語が、水中撮影された動画では、「魚」「泳ぐ」「水」「海底」「水域」などの単語が表示され、マナティは「鯨」と“誤解”された。

研究者たちは、将来的には脳の刺激を再構成して、夢や記憶、内語などを読み取ることも可能になると考えている(プラトーニ、前掲書)。

脳と機械をニューロンレベルで接続するのがブレイン・コンピュータ・インターフェイス(BCI)だが、このテクノロジーが実用化されれば、ピーターはAIに頼ることなく、考えたことをアバターにしゃべらせ、文字に出力できるようになる。

「サイボーグ化」で250年は生きられる?

科学ジャーナリストのイブ・ヘロルドは『Beyond Human 超人類の時代へ 今、医療テクノロジーの最先端で』(佐藤やえ訳/ディスカヴァー・トゥエンティワン)で、最先端医療を取材している。

人工心臓はこれまで移植用の臓器が用意できるまでのつなぎで、腹部から2本のチューブを出し、重さ6キロの携帯型駆動機につなぎ、それをリュックにいれて背負わなくてはならなかった。バッテリーが8時間しかもたず、いつもコンセントが近くにあるかを気にしていなくてはならないという問題もあった。

だがこうした面倒を除けば人工心臓の効果は「奇跡」のようで、移植には適合性のリスクがあるため、患者のなかには人工心臓を装着しつづけることを望む者もいる。今後、人工心臓が小型化し、バッテリーを体内に埋め込むことができるようになれば、心臓移植の必要はなくなり、理論上は“永遠に”動きつづけることになる(死の判定はどうするのかの難問が生じることは間違いない)。

心臓よりはずっと難易度が高いものの、膵臓や腎臓、肝臓などの臓器を機械で代替する研究も進められている。脳以外の臓器をすべて機械で置き換える「サイボーグ化」はもはや夢物語ではない。

もっとも重要かつ複雑な臓器である脳に対しても、うつなどの精神疾患や認知症の治療を目的に、脳神経インプラント(脳深部刺激療法)やtDCS(経頭蓋直流電気刺激)、TMS(経頭蓋磁気刺激)のような技術が開発されている。これは脳のニューロンに直接、物理的(電気的)刺激を与えて、記憶力や認知能力などを増強(エンハンスメント)しようとするものだ。

その目的が認知症患者の治療だとしても、美容整形手術がもともと、戦場などで顔に外傷を負った兵士のために軍が開発したように、脳のエンハンスメントも早晩、より一般向けに商品化されることになるだろう 。

脳とコンピュータ(インターネット)を融合させるBCIは脳科学の驚異的なブレークスルーで、「人間」の概念を大きく変えてしまう。その究極の目的は、脳のすべての情報をそのままコンピュータに転送するマインド・アップローディングだが、その実現には(楽観的な研究者でも)100年はかかるとする。

だが、このまま「サイボーグ化」が進んでいくなら、脳そのものの自然な寿命は250年ともいわれるから、ピーター・スコット=モーガンは自分の脳をアップロードできるようになるかもしれない。そのとき、リアルな世界では眼球しか動かせないピーターは、ヴァーチャル世界で究極の自由を手に入れることになる。

だがそれは、いまと同じ「ピーター2.0」なのか、それともAIと融合した「ピーター3.0」なのか、さらにはよりバージョンアップした「ピーター4.0」なのだろうか。

*ピーター・スコット=モーガンは医師の予想より2倍以上長く生きたものの、運動ニューロン疾患の合併症で2022年6月15日に死去した。享年64。

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