衆院選で自民・公明の与党が過半数を割る大敗を喫した背景には、2年以上も続いた実質賃金の低下があります。
安倍政権は「日本復活」を賭けてリフレ政策を採用しましたが、日銀がどれほど金融緩和しても物価は上昇せず、その代わりに円高が修正されて、日本経済は「ゆたかにもならないけれど、貧乏というわけでもない」というぬるま湯につかっていました。
超低金利では銀行に預けたお金は増えませんが、物価が安定していれば、去年と同じ暮らしが今年、来年へと続いていきます。これはとりわけ、年金だけで暮らしている高齢者に大きな安心を提供したでしょう。業績がふるわない中小企業も、銀行からの借り入れにかかる金利は微々たるもので、市場から退出を迫られることもありません。
それに加えて、人類史上、未曽有の超高齢社会に入った日本では、需要と供給の法則によって、稀少な若者の価値が上がっています。大学を卒業すれば(あるいは高卒でも)ほぼ確実に就職できるし、就活がうまくいかなくても、20代であれば簡単に転職できるようになりました。これが、安倍政権が若者のあいだで高い支持率を維持できた理由のひとつでしょう。
しかし、こうした経済条件は新型コロナの蔓延と、ロシアのウクライナへの侵攻によって劇的に変わりました。これまで日銀がなにをやっても動かなかった物価が、上昇しはじめたのです。
これで日本はようやくデフレから脱却できましたが、そのあとにやってきたのは、リフレ派がいっていたような「日本経済の大復活」ではありませんでした。給料がすこし増えても、生鮮食料品や電気代など、物価がそれを上回って上昇すれば家計はどんどん貧しくなっていきます。「超円安」で欧米やアジアなどから外国人観光客が「安いニッポン」に殺到し、一杯3000円を超えるラーメン店に行列する姿がテレビで報じられると、「日本は欧米以外ではじめて近代化に成功した経済大国」というプライドも崩壊しました。
こうして国民の不満が溜まっているところに起きたのが、「政治とカネ」問題です。ところが自民党の政治家にとっては、これはパーティで集めた資金を派閥に上納し、そのキックバックを記載しなかったというもので、税金を詐取したわけでもなく、たんなる帳簿の不記載だとたかをくくっていたのでしょう。しかし、自分たちが苦しい家計を必死にやりくりしているのに、政治家は「裏金」でおいしい思いをしているという反発は予想以上で、それに気づいて関係する議員を非公認にしましたが、それにもかかわらず2000万円の活動費を支給していたことが報じられて万事窮しました。
結果論でいうならば、石破首相は自民党議員の既得権に配慮するのではなく、これまでの正論を貫き通したほうがよい結果を得られたと思いますが、いずれにせよすでに手遅れだったということなのでしょう。
今回の選挙で、政治の流動化がよりはっきりしました。野党ではすでに議員の離合集散が当たり前になっており、派閥が選挙を仕切れなくなれば、自民党でも同じことが起きるのは当然です。それでも、2年前の夏の凶弾が日本の政治に与えたインパクトの大きさには驚くべきものがあります。もっとも、この事実を認めるひとは多くないでしょうが。
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