生命保険に加入したのはバブル最盛期の1988年で、当時は終身保険を主契約にして、定期保険や医療保険などの特約をつけた定期付き終身保険の全盛期だった。20代後半だった私は、保険の仕組みなどなにも知らず、勧められるままに保険金(終身)500万円の商品に加入した。
その後、バブルが崩壊し、90年代末にはいくつかの生命保険会社が経営破綻した。この騒動でにわかに保険に注目が集まり、私も自分の保険契約を真剣に考えるようになった。
当時はインターネットの黎明期で、保険の見直しはマネー誌や単行本が主な情報源だった。それらを片っ端から読み漁った私は、自分がたまたま加入したのが「お宝保険」だということを知った。
予定利率は保険料を算定するときの基準で、超低金利の2023年には0%まで下がり、現在も1%程度だが、80年代末は5.5%だった。その分だけ保険料が安くなるので「お宝」なのだ。
予定利率の高い定期付き終身保険の見直しの基本は、主契約の終身だけを残し、それ以外の特約を解約することだが、私の場合、ちょっと特殊な事情で、あれこれ保険契約をいじっているうちに、年齢とともに契約が更新されるはずの疾病特約などの保険料が固定されていた。不思議に思って保険会社の営業所に確認に行ったのだが、保険証書を見た女性は「こんなケースははじめて」と驚いて、「20代の保険料のまま65歳まで保証が続くのだから、ぜったいに解約したらダメ」と親切に教えてくれた。こうして、私の保険はダブルで「お宝」になった。
それから四半世紀たって、主契約の終身保険の満期が近づくと、保険会社の担当者から頻繁に電話がかかってくるようになった。来年以降の保険契約をどうするか、決めなくてはならないのだという。
郵送されてきた資料を見ると、積立配当金の残高が200万円ちかくある。バブル崩壊後、配当はずっとゼロのままだが、運用利率が4%もあり、最初のわずかな配当金が複利で増えていたのだ。主契約を解約しなければ積立金の運用はずっと続くので、預金金利が4%を超えるまではこのままにしておくことにした。
特約を継続する場合は、年間2万6000円か、一括で40万円を支払うと、いまと同じ保証が80歳まで続くという。15年分を一括で前払いしてもなんの割引もないことを疑問に感じたが、特約を継続しない場合は35万円ほどの解約返戻金を受け取れることに気づいて、頭を悩ます理由はなくなった。
入院1日あたり5000円の保証が必要になるのは、病気によって収入がなくなるからだ。65歳からは年金を受給できるので(私は繰り下げているが)、そもそも医療保険は必要ない。そのうえこれまで払った保険料の一部を返してくれるというのだから、こんなにうれしい話はない。
その後、担当者からまた電話がかかってきたので、「特約は継続しません」と伝えると、これまであんなに熱心だったのに、「あ、そうですか」のひと言で電話は切れた。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.117『日経ヴェリタス』2024年10月19日号掲載
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