Meta(旧Facebook)の投稿対応をチェックする監督委員会は、岸田首相に対して「死ね」と書いたSNS「スレッズ」のコメントを削除した判断について、「(削除は)不必要であり、Metaの人権に関する責務にもそぐわない」と判断しました。
監督委のホームページに公開された決定書によると、あるユーザーが自民党の政治資金問題に関する投稿に、「#死ね脱税メガネ」「#死ねゴミ汚物メガネ」などのハッシュタグをつけてコメントしたところ、投稿管理をするMetaのモデレーターがこのコメントを削除、ユーザーが「削除は言論の自由を妨害する」として上訴しました。監督委は法学者、ジャーナリスト、人権活動家など21名から構成された第三者機関で、Metaがコンテンツに関して下した決定に対する審査を行ないます。
日本では「死ね」という大量の罵詈雑言を浴びた女子プロレスラーが自殺した事件が起きましたが、Metaの「いじめと嫌がらせ」に関するポリシーでも、未成年や一般の成人に対する暴力的表現は無条件で削除されます。
議論が分かれるのは、国家元首や政治家など公人に対し、政治的な批判をするケースです。
ヒジャブ着用をめぐるイランの抗議デモでは、「(最高指導者である)ハメネイを打ち倒せ」とした投稿が、「ハメネイに死を」の意味にもとれるとして削除されました。このケースでも監督委は削除を取り消して投稿を復活させましたが、暗殺の標的となった政治家(たとえばトランプ)に対する「死ね」の投稿は認めないでしょう。
そうなると、「許容できる“死ね”」と、「許容できない“死ね”」を区別しなければなりません。
Metaのガイドラインでは、公人・著名人の「高リスク者」を特別な保護の対象にしています。その基準は「国家元首」「暗殺未遂に遭った者」などで、岸田首相はどちらにも当てはまります。
もうひとつの基準は、文字どおりの意味で暴力を扇動しているのか、それとも「反感や非難を表わす比喩的表現」として使われているかです。
Metaのモデレーターは前者の基準で投稿を削除しましたが、監督委は後者の基準で投稿を復活させたのです。
監督委は、独裁国家などを念頭に、民主化を求める投稿を過剰な規制で抑制することを強く懸念しています。しかしその一方で、暗殺や暴動を扇動するような投稿は即座に削除しなければなりません。
監督委の勧告に従って、人間のモデレーターが一つひとつの投稿を文脈に応じて判断していたら、膨大な人員を配置してもとうてい処理しきれません。これでは緊迫する事態にはまったく対応できないので、そのリスクを考えれば、一律の基準で無条件に判断したくなる気持ちもわかります。この問題に、安易な答えはないのです。
Twitter買収後に、イーロン・マスクはモデレーターを大量に解雇したことで強い批判を浴びました。しかしこの事案をみると、言論・表現の自由と、個人のプライバシーや安全の対立を、司法機関でもない民間企業や、法曹資格をもっているわけでもない(多くは非正規の)スタッフが適切に扱えるのか、疑問に思わざるを得ません。
SNSを運営するグローバルなプラットフォーマーは、「コンテンツモデレーションという地獄」にはまり込んだようです。
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