2023年7月、札幌ススキノのラブホテルで頭部が切断された死体が発見され、当時29歳の娘が主犯、父母が共犯として逮捕されました。父親は地元では評判のいい精神科医で、被害者が女装を趣味とする異性愛者の男性だったこともあり、大きな注目を集めました。
この事件で死体遺棄・損壊の幇助を問われた母親の公判が行なわれ、「この世の地獄」というほかない、にわかには信じがたい家庭内の状況が明らかになりました。
週刊誌の報道によれば、一人娘は幼少期はふつうの子どもでしたが、小学校2年生の頃から徐々に不登校ぎみになり、5年生のときに服装を茶化されて同級生にカッターナイフを突きつける事件を起こしています。中学はほとんど登校できず、転校したフリースクールにも通えず、18歳で完全な引きこもり状態になります。
その頃、娘は自分は「死んだ」と宣言し、「ルルー」や「シンシア」などと名乗り、両親が実名を呼ぶことを許さなくなります。さらには、父を「ドライバーさん」、母を「奴隷」と見なすようになったといいます。
ここで思い浮かぶのは、カプグラ症候群という奇妙な病気です。患者は両親など親しい者が瓜二つの偽物と入れ替わったと思い込み、どのような説得も効果がありません。その原因としては、頭部外傷などの器質的な障害により、共感にかかわる脳の部位が機能不全になったことが考えられます。患者は親を見ても、子どもの頃からずっと抱いてきたあたたかな気持ちがまったく感じられないため、本物の親ではない=偽物にちがいないと信じてしまうのです。
この事件でも、主犯の娘がなんらかの理由で共感能力を欠落させてしまったと考えると、その異様な言動が(なんとなく)理解できます。なんの情愛も感じられない両親は、娘にとってはたんなる他人で、それにもかかわらず自分の面倒をみているのですから、論理的には「召使」「奴隷」だと考えるしかないのです。
さらには、他者に対する共感がまったくないと、人間が奇妙な機械(ロボット)のように思えて、分解したくなるかもしれません。事件の翌日、娘は母親に「おじさんの頭を持って帰って来た」と悪びれることなく報告し、「見て」と命じます。その頭部は、眼球や舌などを摘出し、皮膚をはぎとっていたとされます。
2014年、長崎県の公立高校に通う女子生徒が、同級生の女子を自宅マンションに誘って殺害し、遺体の頭と左手首を切断した事件が起きました。父親は地元では高名な弁護士で、母親が病死したあと、一人で娘を育てていましたが、就寝中に娘から金属バットで殴られ、頭蓋骨陥没の重症を負います。その後、娘をマンションで一人暮らしさせ、そこが事件の舞台になりました。
この2つの事件は、その猟奇性も、家庭の状況もよく似ています。長崎の事件では、ワイドショーに出演した“識者”は「子育てが悪い」と大合唱し、事件の2か月後、父親は首を吊って自殺しました。ススキノの猟奇殺人でも、同じように「精神科医の父親の育て方が悪い」というのでしょうか?
参考「ススキノ首狩り娘と精神科医父のSMプレイ」『週刊文春』2024年6月20日号
追記:母親の第2回公判が7月1日に行なわれ、弁護側証人として出廷した精神科医の父親は、「両親が娘を甘やかして好き勝手させていたという主張について」問われ、「妄想が出るまでは、それなりにしつけをしてきたつもり。本人の精神状態から追い詰められると、取り返しのつかないことになるので言えなかった」と述べています。
『週刊プレイボーイ』2024年7月1日発売号 禁・無断転載