不死のテクノロジーを目指すトランスヒューマニズムとは

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2018年6月7日公開の「テクノロジーの進化で「不死」を実現できると考える
トランスヒューマニストたちの思想とは?」です(一部改変)。

******************************************************************************************

すべての物語はわれわれの終わりから始まる。われわれが物語を考え出すのは、自分が死ぬからだ。

アイルランド生まれのジャーナリスト、マーク・オコネルは『トランスヒューマニズム 人間強化の欲望から不死の夢まで』(松浦俊輔訳、作品社)をこう書き出した。オコネルは本書で、テクノロジーのちからで肉体の(あるいは動物としての)制約から「人間」を解放しようとするトランスヒューマニストたちを取材している。その意図は原題“To Be a Machine : Adventures Among Cyborgs, Utopians, Hackers, and the Futurists Solving the Modest Problem of Death (マシンになる 死という“ささやかな問題”を解決しようとするサイボーグ、ユートピアン、ハッカー、フューチャリストたちをめぐる冒険)”によく表われている。

オコネルによれば、「物語が語られるようになってこのかた、語られるのは、人間の生身の体から抜け出し、今の動物の形をした自分とは別の何かになりたいという欲求をめぐる話」だった。人類最古の物語であるシュメールのギルガメシュ叙事詩では、友人の死に狼狽したギルガメシュが、自分にも同じ運命が待ち受けていることを受け容れることができず、死からの救済を求めて世界の果てまで旅をする。

人類は5000年ちかく、おそらくはそれ以上にわたって「不死」を夢見てきたが、これまで誰一人として「動物」としての運命から逃れることはできなかった。だが強大なテクノロジーを手にしたいま、「人間」の限界を超えて死を克服できると考えるひとたちが登場した。これがトランスヒューマニスト、すなわち「超人」だ。

「寿命脱出速度」を上げて死から逃げろ

オコネルはトランスヒューマニズム(超人思想)の世界観を、「われわれの心(マインド)と身は技術的に古くなっていて、そのフォーマットは時代遅れで全面的に解体修理を必要とするという考え方」だという。

不死を手に入れる方法のなかでトランスヒューマニストの期待を集めているのが、(脳以外の)身体を機械(バイオテクノロジーでつくられた人工内臓などを含む)に置き換えていく「サイボーグ化」と、脳のデータを超高性能のコンピュータにアップロードする「全脳エミュレーション」だ。

サイバネティクスは「機械と生物を統合する制御と通信の理論の分野全体」で、サイボーグは「サイバティクス有機体Cybernetic Organism」のことだ。

サイバネティクスでは、「生き物も機械も、情報という観点から見れば同じ理論で説明できる」と考える。そこでは脳は、コンピュータより少々複雑ではあるものの、入力と出力のフィードバックループにすぎない。自己とは、「自己の活動を伝え、それによってさらに生成されるデータを伝える、読み取り可能な事実と統計的数字の集合」なのだ。

より現実的な不死の戦略としては、平均寿命を老化よりも早いスピードで延ばしていく「長寿化」がある。ロケット工学では、地球の引力を振り切って圏外に脱出できる速さを「地球脱出速度」という。それと同様に、長寿研究の進歩によって、1年経過するごとに平均寿命を1年以上延ばすことができれば、私たちは永遠に生きることができる。これが「寿命脱出速度」だ。

もちろん、動物としての肉体を維持したまま何百年、何千年と生きつづけるのは非現実的だ。だからトランスヒューマニストは、長寿化で時間稼ぎをしているあいだにテクノロジーが加速度的に進歩し、とてつもないイノベーションが起きて、機械と生命が一体になる「サイボーグ」の未来が到来することを夢見ている。この転換点は「シンギュラリティ(技術的特異点)」「オメガポイント」と呼ばれている。

死は「技術的問題」にすぎない

「シンギュラリティ(Singularity)」という言葉が最初に登場したのは、1958年、物理学者のスタニスワフ・ウラムによるフォン・ノイマンへの追悼文とされる。アインシュタインと並ぶ20世紀が生んだ超天才で、コンピュータの原型を考案し(ノイマン型コンピュータ)、ゲーム理論を創始し、マンハッタン計画で原爆製造に大きな役割を果たした物理学者ノイマンと、ウラムは「どんどん加速する技術の進歩と人間の生活様式は、この種族の歴史の中で、それを超えると、われわれが今知っている人間のあり方が続きようがなくなるという、ある本質的なシンギュラリティに近づきつつあるように見えた」と話したのだという。

よく知られているように、未来学者のレイ・カーツワイルは、2045年には機械(AI)が人間の知能を越えて社会が根本的に変容するシンギュラリティが到来すると予言する。トランスヒューマニストであるカーツワイルにとって死は「技術的問題」であり、「技術(テクノロジー)」によって解決できる課題にすぎない。

「われわれの生物学的身体バージョン1.0はひ弱で、無数の故障モードに陥るし、もちろん煩瑣なメンテナンスの儀式も必要だ。人間の知能はときとして創造性や表現力の高みに昇ることができる一方で、人間の思考の大部分はどうでもいいささいなもので、限界の中に閉じ込められている」とカーツワイルは嘆く。近視になれば眼鏡をかけるように、身体に不具合があれば、それをより高機能なデバイス(機械)に置き換えていくのはきわめて自然なことなのだ。

オコネルが指摘するように、「トランスヒューマニズムそのものの根本には、自分が間違った素材に閉じ込められていて、われわれのこの世にある姿という材質に制約されているという感覚」がある。

だとすれば、やるべきは寿命脱出速度を目指して技術の進歩を「加速させる」こと以外にない。だからこれは、「加速主義」とも呼ばれる。

カーツワイルは、進化を遺伝的変異と自然淘汰のランダムな出来事ではなく、「秩序が増すパターンを生み出す過程」というシステムだと考えている。「進化はマシンの完璧な秩序と管理に向かって前進する」のだ。

いうまでもなくこれは、ユダヤ=キリスト教的な一神教の物語(世界は神の意志に従って前進する)の新たなヴァ―ジョンだ。「テクノ至福千年信者(ミレミアン)」のカーツワイルは、堕落した境遇(コンディション)からテクノロジーによって脱し、非肉体化する人類の未来を思い描く。楽園追放以前のまったき状態、すなわち神との一体化は、GOD(一神教の神)ではなくTEC(技術)にとって代わられるのだ。――こうしたヴィジョンをユヴァル・ノア・ハラリは「ホモ・デウス」と名づけた。

「デスイズ(死自然主義)」との戦い

トランスヒューマニストの最大の敵は、死を漫然と受容するイデオロギー、すなわち「デスイズムDeathism(死自然主義)」だ。

マックス・モアはこのデスイズムと闘うために、「アルコー生命延長財団」を運営している。この財団はアメリカに3カ所、ロシアに1カ所ある施設で身体(遺体)を冷凍保存し、将来、テクノロジーによって人間が機械に置き換えられるようになる日を待つ。その価格は、身体全体を「一時停止」させる場合は20万ドル、頭部だけを切断して保存する「神経プラン」で8万ドルだ。

全脳エミュレーションが実現すれば脳の情報(意識)は人工的な身体にアップロードされ、肉体は不要になるのだから、顧客の多くは「神経プラン」を選択するという。アルコーに冷凍保存されているのは(オコネルの取材当時)117人で、そのうちもっとも著名なのは大リーグで三冠王を2度獲得した名選手テッド・ウィリアムズだ。――ウィリアムズの長女は火葬を、長男は(遺言どおり)冷凍保存を主張したことで裁判になり、頭部を冷凍保存、胴体以下を火葬することで和解した。

アルコーの創始者であり、理事長/CEOでもあるマックス・モアは本名をマックス・オコナーといい、(本書の著者であるマーク・オコネルと同じく)アイルランド系だ。その後、「もっと生命を、もっと知能を、もっと自由を」の意味を込めて苗字をモアMoreに変えたのだという。

イングランド南西部の港町ブリストルで育ったモアは、「宇宙に魅せられ、他の惑星に移住するという考えに魅せられた」子どもだった。5歳のときにアポロ月着陸を見てから、地球を離れるという考え方そのものが好きになったと語っている。

子どもの頃(1970年代)は、テレビドラマ『明日の人々(トゥモロー・ピープル)』に夢中になった。超能力(テレパシー、テレキネシス、テレポーテーション)を持つティーンの一団を主人公にしたドラマだ。

ブリストルの本屋や図書館のSFコーナーに入り浸り、スーパーヒーローのコミックを読みふけったモアは、そのなかでもスタン・リーの『アイアンマン』シリーズに大きな影響を受けた。「技術で強化した人体という魅惑の世界」が描かれていたからだ。

10歳か11歳になる頃には、人間強化に対する早熟な関心から、薔薇十字団のオカルトの神秘に手を出し、13歳になる頃にはユダヤ神秘思想のカバラに関心が移った。高校では超越瞑想を受講したが、ミドルティーンになると秘儀的なことからは遠ざかり、ロバート・シェイ、ロバート・A・ウィルスンの『イルミナティ』によってリバタリアニズムと出会う(日本では小川隆訳で集英社文庫から翻訳されている)。

その後、「リバタリアン同盟」というグループを通じて、宇宙への移住や人間の知能の強化に関心を広げる面々と仲良くなった。冷凍保存術は、この新たに知り合った仲間内では人気の話題だった。

1987年にオックスフォードを卒業するとロサンゼルスに移り、南カリフォルニア大学の博士課程に入った。博士論文では、死の本質と、時間を通じての自己の連続性を探った。大学で知り合ったリバタリアン仲間と雑誌『エクストロピー トランスヒューマニズム思想ジャーナル』を創刊、エクストロピー協会という非営利団体を設立してもいる。

エクストロピーextropyというのは、その名の通りエントロピーentropyの反対語だ。エントロピーの法則(熱力学の第2法則)によれば、宇宙は「熱的死」に向かっている。これは「死」を否定するトランスヒューマニストにとってはとうてい受け入れることのできない理論だ。そのためモアは、「われわれの個人として、組織として、種としての進歩と可能性に対する制約を恒久的に乗り越える」ためにエクストロピーを研究することにしたのだ。

5歳で死を意識してから「デスイズム」と闘いつづけてきたマックス・モアはいま、フェニックス郊外にあるアルコー財団の施設で、死者に囲まれて過ごしている。その施設を取材したオコネルは、「モアは希望を涵養する人で、それは確かなのだが、遺体を加工し、管理する、最高レベルの死の技術官僚(ネクロクラート)でもあった」と述べている。

ちなみに、アルコー財団で興味深いのはティモシー・リアリーとのかかわりだ。

ハーバード大学の心理学講師時代に幻覚剤を体験し、1960年代のヒッピーカルチャーの高揚期に“Turn on, Tune in, Drop out”を唱えてサイケデリックの伝道師となったリアリーは、1970年代に違法薬物で投獄されている頃、SMI2LE(宇宙移住Space Migration、知能増強Intelligence Increase、生命延長Life Extension)という「未来主義」へと転向した。リアリーはアルコーの長年のメンバーでもあり、自宅で財団のパーティを主催することもあったという。しかしその後、冷凍保存の契約をする段階になると、火葬にした遺灰を大砲で宇宙に射出してもらうという「もっと人目を引く選択肢」を選んだ。これは冷凍保存術の世界ではいまも痛ましい悲劇として語られており、モアはリアリーの決断を「デスイズムのイデオロギーに囚われた」と批判した。

不死のトリクルダウン

2017年 アメリカではじめてのトランスヒューマニズムの街頭行動が行なわれた。そのとき、マウンテンビューのグーグル本社の外にトランスヒューマニストの小さな集団が、「グーグルさん、死を解いてください(Dear Google, please solve death)」と書いたプラカードを持って立った。

これはべつになにかの冗談というわけではない。ほとんど指摘されないが、シリコンバレーのイノベーションは「不死」への欲望によって駆り立てられているのだ。

「生命延長は、グーグルの創始者であるラリー・ペイジとセルゲイ・ブリンにとっても長年の関心事で、徐々に同社の「大当たり(ムーンショット)」文化の一部になっていった」とオコネルは指摘する。

2009年、元テック起業家でカーツワイルの友人でもあるビル・マリスの主導で、グーグルの社内企業ベンチャーを支援するグーグル・ベンチャーズが設立された。マリスは寿命を500歳まで延ばすことが可能だと信じていて、死ななくなるまで生きることを希望していると述べ、バイオテクノロジーに多大な投資をしていた。

2014年、グーグルはキャリコというバイオテクノロジー企業を設立した。これは、「老化やそれがかかわる病気と闘うことを目標に設立された研究開発企業」だ。

より興味深いのは、シリコンバレーの投資家で、ドナルド・トランプを支持し、イーロン・マスクの盟友でもあるピーター・ティールだろう。ティールはマックス・モアと同様に、子ども頃にSFやアメリカン・コミックに夢中になり、政治的にはリバタリアンで、「不死」を求めている。

ティールはほとんどメディアのインタビューには答えないが、その数少ないひとつがジャーナリスト、ジョージ・パッカーの『綻びゆくアメリカ 歴史の転換点に生きる人々の物語』(NHK出版)に収録されている。そこでティールは、3歳で父親から死について聞いたときの衝撃を語っている。パッカーはそれを次のように書く。

この話(すべての生き物は死ぬという話)をしているとき、父は悲しそうに見えた。ピーターも悲しくなった。この日はひどく不安な1日となり、ピーターは二度とその不安を遠ざけることができなくなった。シリコンバレーの億万長者となってからも、死について思うとどうにも心がかき乱された。40年のときを経た現在も、最初に味わった衝撃がはっきりと胸に刻まれている。ほとんどの人々は死を無視することで死と和解する術を身につけるが、ピーターにはどうしてもそれができなかった。和解とは群衆が何も考えずに運命を受け入れる黙従にすぎない。牛革の敷物に座った少年は成長し、死の必然性をすでに1000億の命を奪った事実としてではなく、イデオロギーとして認識するようになった。

「不死」を求めてバイオベンチャーに莫大な投資をするティールは、「富裕層の寿命だけが延びていけば、経済格差はさらに悪化するのではないか?」と問われて、「おそらく最も極端な形の不平等は生きている人と死んだ人の差でしょう」とこたえている。富裕層の寿命が延びれば、そのテクノロジーはいずれトリクルダウンして、何らかのかたちですべてのひとに届くのだ。

トランスヒューマニズムという宗教

オコネルが出会ったトランスヒューマニストはみなとてもよく似ている。白人の男性で、高い知能を持ち、子どもの頃にSFやアニメ、ファンタジー小説にはまり、「死」や「終末」に対する底知れぬ不安に苛まれている。不死を直接口にすることはないものの、人類を滅亡から救うためにロケットを開発し、人類を他の惑星に移住させようとするイーロン・マスクも同じだろう。彼らを駆り立てるものをオコネルは、「シンギュラリティへの陶酔と、破滅的な生存リスクへの恐怖」だという。

だが「永遠に生きる」ことを夢想するのは男だけではない。最後に、ティールの設立した奨学金「20under20」(20歳以下の20人の優秀な若者に、大学を中退・休学することを条件に資金を提供し、起業を促すプログラム)に参加し、長寿基金Longevity Fundというベンチャーキャピタルを設立したニュージーランド出身の女性ローラ・デミングを紹介しよう。

14歳で生物学専攻でMITに入学し、17歳でティール奨励金を受け取って人間の生命延長を目指す投資ファンドを立ち上げたデミングは、子どもの頃からずっと偏執的に死について考えていたと語る。

人間の寿命を延ばすのが正しいと思わなかったことはありません。8歳のとき、おばちゃんが家に来て、一緒に遊びたいと思ったんですが、おばあちゃんは走り回れないことがわかったのを思い出します。そのとき、おばあちゃんに、何か、壊れているみたいな感じがあることに気づいたんですね。それで思いました。当然、誰かがおばあちゃんがかかっていたみたいな病気を治す仕事をしているにちがいないって。その後、おばあちゃんは病気だとは思われていないので、誰もそういう仕事をしていないということを知りました。間違ったこととさえ見られていなかったんです。

ほどなくしてデミングは、祖母だけでなく両親も、友だちも、自分自身にも同じ運命が待ち受けていることを知った。

「私は3日ほど泣きっぱなしでした」とデミングはいう。そして「自分の人生を、この受け入れがたい状況を何とかするために捧げるという考え」に取り憑かれるようになった。11歳になる頃には、「老化生物学の世界で営利企業を始める」という志望は固まっていた。

ここからわかるのは、トランスヒューマニストがたんなる奇矯なひとたちではないということだ。私たちはみな、「死」に対する不安を無意識に抱えている。だがきわめて聡明で早熟なひとたちは、その不安や恐怖を意識化することができるのだ。

ここから、トランスヒューマニズムが宗教に似ている理由がわかるだろう。それはキリスト教のへたくそな模倣というわけではない。輪廻や生まれ変わりも、仏教の瞑想も、つきつめればどのように死を受容するかの「イデオロギー」であり「テクノロジー」だ。

あらゆる宗教が「死」について語っているのは偶然ではない。なぜなら、すべての根源にあるのは「死」を回避したいという強烈な欲望(あるいは恐怖)だからだ。この根源的な欲望から、そのときどきの文化や科学技術の水準によって、死に対処するさまざまな物語や儀式が生まれ、ピラミッド、教会、寺院、モスクなどの巨大建造物がつくられた。トランスヒューマニズムは、そのもっとも新しい表現型なのだろう。

これまで、人類が死という理不尽な運命に対処する方法は宗教しかなかった。それが技術によって代替できるなら、もはや宗教の意味はなくなる。トランスヒューマニズムの時代には、ひとびとはもはや神を信ずることはなくなり、その代わり「技術時代の宗教を超えた宗教」すなわちトランスレリジョン(超宗教)を崇めることになるのだろうか。

禁・無断転載