まるで人間のように質問に答える生成AI「チャットGPT」の公開から1年を前にして、開発企業オープンAIのCEOであるサム・アルトマンが電撃的に解任され、5日後に復帰するという事件が起きました。
オープンAIは2015年に、アルトマンがイーロン・マスクらとともに、人類のためになるAIを実現するという高い理想を掲げて設立した非営利の研究機関でした。ところが実際に開発を始めると、多額の資金と膨大なコンピューティング能力が必要なことがわかり、19年にアルトマンは、営利法人を設立してマイクロソフトから出資を受けることを決めます(これを機にマスクとは決裂しました)。
この決断によってAI開発は急速に進み、「チャットGPT」公開で世界的なAIブームを巻き起こすと、同社の企業価値は800億ドルにのぼると試算されました。総額100億ドルの出資を決めて株式の49%(独占禁止法に抵触しない上限)を所有するマイクロソフトは、ブラウザに生成AIを搭載することでグーグルやアマゾン、メタなどのライバルをリードし、株価も最高値を更新しました。
順風満帆に見えますが、じつは営利企業としてのオープンAIは株主によって統治されているのではなく、非営利組織の理事会が支配していました。この理事会は6人で構成されており、そのなかには、このままAIの能力が高度化しつづけると、いずれ人類の存続にとって脅威になると考えるメンバーが含まれていました。
報道によると、今回の解任劇の前に、社外取締役の一人が、巨大プラットフォーマーと組んでAI開発に前のめりになるアルトマンを批判していました。これに、コンピュータの能力が人間を上回るシンギュラリティ(技術的特異点)が災厄を引き起こすと懸念する創業メンバーが同調して、「クーデター」が起きたとされます。
*その後、今回の解任劇の前に、オープンAIの研究者の数人が、人類を脅かす可能性がある強力なAIの発見について警告する書簡を理事会に送っていたと報じられた。このAIは「Q*(キュースター)」と呼ばれるプロジェクトで、これまでは困難とされいた論理的思考ができるようになったとされる 。
ただし、いくら「人類のため」といっても、最大の出資者であるマイクロソフトを蚊帳の外に置いたばかりか、従業員とも相談せずに決めた“暴挙”は強い反発を引き起こしました。社員たちは持ち株会社を通じてオープンAIの株式を保有しており、混乱のなかで会社が破綻・消滅するようなことになれば多額の資産を失ってしまうのです。
こうして770人の社員のうち730人が理事会に対して、総退陣とアルトマンの復帰を求める文書を提出します。社外取締役たちに抗う術はなく、CEO復帰と理事会の刷新を受け入れるほかなかったのです。
これでオープンAIの混乱は収束しましたが、この椿事は、AIを開発する「とてつもなく賢いひとたち」が二派に分断されていることを白日の下にさらしました。
ひとつは、巨大プラットフォーマーや金融市場から巨額の資金を調達して技術開発を進め、世界を変えていこうとするグループで、これは「加速主義(accelerationism)」と呼ばれます。もう一派は、加速した技術が人間の管理能力を超えることを警告するグループで、(揶揄を込めて)「破滅主義(collapsitarianism)」と呼ばれています。
両者はこれからもさまざまなところでぶつかるでしょうが、今回の解任劇によって、最終的に、どちらが主導権を握るかが明らかになったのではないでしょうか。
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