流行語となった「親ガチャ」は、どんな家庭に生まれたかで人生が大きく変わることをいいます。しかしわたしたちは、親から家庭環境だけでなく、遺伝子も受け継いでいます。受精のときに性染色体はランダムに組み合わされますから、これは「遺伝ガチャ」です。
ヒトが遺伝と環境の相互作用の産物だというのは、いまでは広く受け入れられるようになりました。しかし、「環境も遺伝する」といわれると、「なにをバカなことを」と思うでしょう。しかしこれは、近年の遺伝学では主流の考え方になっています。
『同じ遺伝子の3人の他人』というドキュメンタリー映画では、研究目的で、一卵性の三つ子が生後6カ月で異なる経済環境の里親に送られますが、実験を行なっていた研究者が死んでしまったため、3人はお互いのことをまったく知らずに育ちます。
ところがそのうちの1人が大学に進学すると、誰ひとり知り合いがいないのに、みんなが自分に話しかけてくる。三つ子のもう1人が、先にその大学に入っていたのです。そうこうするうちに残りの1人とも出会って、3人でレストランを経営して成功するものの……という話でした。
稀有な例に思えますが、別々に暮らしていても、同じ地域に住んでいた一卵性双生児が、同じ学校で出会うというのは、べつに不思議ではないといいます。遺伝と環境は異なる要因ではなく、遺伝的な特性によって、無意識のうちに、自分に合った環境を構築するのです。当然、遺伝的に同一なら、同じような環境を選択するでしょう。
これが「環境は遺伝する」という意味ですが、そこからさらに、「運は遺伝する」という驚くべき話になります。
行動遺伝学では、近しいひとが亡くなったり、強盗に遭うなど、一般的には「運が悪かった」とされる偶然の出来事と、離婚や解雇、お金の問題など、本人にも責任があると見なされる出来事を比較しています。その結果、偶然の出来事の26%が遺伝で説明でき、本人に依存する出来事の遺伝率は30%で、統計的に有意な差がないことがわかりました。
これも奇異に思えますが、近しいひとが親族で、自分も病弱なら、遺伝がかかわっている可能性があるし、強盗に遭うのはたしかに運が悪かったのでしょうが、危険な場所にいたり、目立つ行動をとっていたとすれば、そこにも遺伝の要素があります。
知人が交通事故に遭ったら、「運が悪かったね」と同情するでしょう。しかしそれが、信号を無視して横断歩道を渡ろうとしたり、無理な追い越しをしようとして起きたのなら、本人に責任がないとはいえません。運の良し悪しはたしかに偶然ですが、そのような出来事が起きる場所に身を置いたことには遺伝の影響があるのです。
遺伝と環境は絡み合っていて、遺伝ですべてが決まるわけではないものの、遺伝の影響を環境によって変えるのは簡単ではありません。これが、子どもが親の思いどおりに育たない理由でしょう。
そう考えれば、私たちの人生のすべてを遺伝の長い影が覆っていて、そこから逃れることはできません。そんな話を、日本における行動遺伝学の第一人者、安藤寿康さんとの対談『運は遺伝する 行動遺伝学が教える「成功法則」』でしています。興味のある方はぜひ手に取ってみてください。
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