イスラエルを批判するユダヤ人たち 週刊プレイボーイ連載(581)

10月7日にガザを実行支配するイスラームの武装組織ハマスの戦闘員およそ2000人がイスラエルを襲撃し、民間人など1400人以上が死亡し、200~250人が人質としてガザに連れ去られるテロが起きると、ハーバード大学の33の学生グループが、「イスラエルの体制が、明らかになりつつあるすべての暴力に全面的な責任がある」というステイトメントを発表しました。

当然のことながらこの行動は、「テロを擁護している」としてはげしい批判を浴び、ハーバード大学の学長(今年7月に就任した「多様性を象徴する」黒人女性の政治学者クローディン・ゲイ)は、「いかなる学生グループも大学やその指導者を代弁してはいない」との釈明を余儀なくされました。しかしその一方で、言論・表現の自由だとして、学生たちにステイトメントを撤回させることは拒否しています。

署名したのはほとんどがムスリムの学生とイスラーム圏からの留学生の団体ですが、今回の問題の複雑さを象徴しているのが、アムネスティ・インターナショナルのハーバード支部と、「解放のためのハーバードのユダヤ人(Harvard Jews for liberation)」という団体が名を連ねていることです。

国際的な人権団体であるアムネスティは2022年に「イスラエルによるパレスチナ人へのアパルトヘイト 残虐な支配体制と人道に対する罪」という調査報告書を発表し、「イスラエル当局は、パレスチナ人に対するアパルトヘイトの罪で責任を問われなければならない」と強く批判しました。ハーバードの学生支部はアムネスティ本部を代弁するわけではありませんが、(一般市民へのテロが許されないとしても)差別され抑圧された者に抵抗の権利があることは否定できないでしょう。

より不可解なのはユダヤ人学生のグループですが、これも右傾化する一方のイスラエル(ネタニヤフ政権)が国際社会から「アパルトヘイト国家」と見なされるようになったことと無関係ではありません。学生新聞の紹介記事によると、この団体はハーバード神学校のユダヤ人学生によって設立され、「ユダヤ人のイスラエル(シオニズム)からの解放」を目指しているようです。

BLM(ブラック・ライヴズ・マター)運動で見られたように、アメリカのリベラルな(あるいは左派=レフトの)若者たちは、あらゆる差別が許されないことを当然として育ってきました。ところがユダヤ人は、「社会正義」に関心の高いウォーク(目覚めた者)であるほど、パレスチナ問題について頻繁に自らの立場を問われることになります。

これまでは歴史的なユダヤ人差別(ホロコースト)など、イスラエル建国を正当化する論理があったのですが、ネタニヤフ首相がトランプ前大統領と「蜜月関係」になると、もはや「パレスチナ人に対する差別に加担しているのではないか?」との批判に答えられなくなくなりました。

こうして、「ユダヤ人としてのアイデンティティを守るために、イスラエルと決別する」ひとたちが現われました。この現象は、「イスラエルvs.ユダヤ人」と呼ばれます。

イスラエルのガザ封鎖と空爆で住民の犠牲が広がるなか、「リベラルなユダヤ人」はますます引き裂かれることになりそうです。

参考:シルヴァン・シペル『イスラエルvs.ユダヤ人 中東版「アパルトヘイト」とハイテク軍事産業』林昌宏訳、明石書店

『週刊プレイボーイ』2023年10月30日発売号 禁・無断転載