学校や保育園、児童養護施設などが、従業員の性犯罪歴をデータベースで確認する「日本版DBS(Disclosure and Barring Service)」の実現に向けて、こども家庭庁が早ければ今秋の臨時国会に法案を提出すると報じられました。
イギリスでは2002年、南東部のソーハムで、お菓子を買いに出かけた10歳の少女2人が行方不明となり、近くに住んでいた中等学校の用務員の男が、少女たちを家に誘い込んで絞殺したとして終身刑に処せられました。
この事件がイギリス社会を大きく揺るがせたのは、犯人の男がこれまで何度も性暴力の疑いをかけられていたことです。そのなかには、10代の少女らと性的関係をもち、そのうちに1人が15歳で女児を出産したとして、3度にわたって警察に通報されたというものもありました。ところがこれは、女児たちが男との性交渉を否定したため起訴できず、その後、18歳の女性をレイプしたとして逮捕された事件では、合意のうえだという弁明を覆す証拠がなく、起訴が取り下げられました。
当然のことながら、こうした行状は噂になり、男は解雇されて転居し、学校の用務員の仕事に就きました。ところがソーハムの住人たちは、男の性犯罪歴についてなにも知らされていなかったのです。
男の危険性がわかっていれば、少女たちは殺されずにすんだとの強い批判を受けて、教育省は子どもと接する仕事に就けない人物のリストを作成し、その後、2012年にこの業務が政府から一定の距離を置く組織に移されDBSが発足します。
イギリスのDBSの特徴は、対象範囲が広く、チェックが厳しいことです。
日本版DBSでは、確認対象は「裁判所による事実認定を経た前科」とされますが、これはイギリスでは「基本チェック」にあたり、個人の自宅に商品を運ぶ仕事も対象になります。配送業者の従業員は配達先の個人情報を手にし、「子どもが玄関のドアを開ける可能性もある」からだそうです。
「標準チェック」では犯罪歴に加え、警察からの戒告処分や警告処分なども確認されます。学校の教員や手術医など、「職業柄、子どもや脆弱な大人に直接関わり、権限を行使する」職業に就く者は「拡張チェック」によって、有罪になっていないような警察の懸念事項なども調べられます。この拡張チェックは現在、400万人が受けるように義務付けられます。
驚くのは、DBSに調査部門があり、雇用主から性加害の懸念が伝えられると、警察や関係者から情報を集め、その人物の就業を禁止できることです。半官半民の組織が、裁判のような司法手続きを通さずに、職業選択の自由を制限する大きな権力を与えられているのです。その結果イギリスでは、DBSは年間700万件以上の証明書を発行し、約8万人が子どもにかかわる仕事に就くことができなくなっています。
社会がよりリベラルになり、子どもの数が少なくなるにつれて、小児性犯罪は「魂の殺人」とされ、いっさい許容されなくなりました。本家に比べれば日本版DBSの権限は微々たるものですが、日本も同じリベラル化の潮流にある以上、やがて社会の圧力によって巨大な組織になっていくかもしれません。
参考:「性犯罪歴などで就業制限 英国の「DBS制度」の今」朝日新聞2023年9月11日
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