”超富裕税”は格差社会を終わらせるか?

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

今回は2020年11月19日公開の「アメリカの極端な経済格差は持続不可能だが 超富裕層の資産に高率の課税をすれば、多くの社会問題が解決する」です(一部改変)。

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雑誌『フォーブス』によると、資産10億ドル(約1000億円)以上のビリオネアがアメリカには705人もいる(2019年)。その一方で、国民の半分ちかくがその日暮らしの生活をしている。この極端な経済格差は新型コロナでさらに広がっているとされるが、こんな異常な状況が長く維持できるとは思えない(持続可能性がない)。

だったらどうすれいいのだろうか。今回はエマニュエル・サエズ、ガブリエル・ズックマンの『つくられた格差 不公平税制が生んだ所得の不平等』(山田美明訳、光文社)から「富裕税」という興味深い提案を見てみたい。原題は“The Triumph of Injustice: How the Rich Doge Taxes and How to Make Them Pay(不公平の勝利 富裕層はどのように税を逃れ、どのように彼らに支払わせるのか)”。

共著者の1人サエズはスペイン生まれのカリフォルニア大学バークレー校教授。不平等と税政策を研究し、「80年代以降、米国の上位1%の所得が国民総所得に占める比率が拡大しつづけていることを明らかにしたトマ・ピケティとの共同研究は「ウォール街を占拠せよ」の運動に影響を与えた」とされる。

ズックマンはフランス生まれで、同じくカリフォルニア大学バークレー校で経済学と公共政策を教えている。富と蓄積の分布を世界的・歴史的な視点から分析した著書『失われた国家の富 タックス・ヘイブンの経済学』( 渡辺智之、林 昌宏訳、NTT出版)が翻訳されている。

1億人超のアメリカ成人が年収200万円

サエズとズックマンは冒頭で、2016年9月26日に行なわれたヒラリー・クリントンとドナルド・トランプの大統領候補テレビ討論会を取り上げる。トランプが納税申告書の公開を拒否していることについて、「カジノのライセンスを申請したときに提出した納税申告書しか公開されていませんが、それを見るかぎり、彼は連邦所得税を1銭も払っていません」とクリントンが批判した。するとトランプはほこらしげにそれを認め、「それは私が賢いからだ」と返したという。

著者たちは、これが「不公平税制の勝利の瞬間」だという。もはやアメリカでは、税金を払わないことが誇るべきアピールになったのだ。

その結果、いったいなにが起きたのか。アメリカの経済格差についてはすでの多くの報告があるが、その驚くべき実態をかんたんにまとめておこう。

まず、アメリカ社会を「労働者階級(所得階層の下位50%)」「中流階級(その上の40%)」「上位中流階級(その上の9%)」「富豪(上位1%)」に分ける。そのうえで2019年の課税・所得前平均所得を算出すると……。*以下、原稿執筆時の1ドル≒100円で計算している。

1) 労働者階級(成人の1億2000万人)の平均所得は1万8500ドル(約190万円)。著者たちが強調するようにこれは計算間違いではなく、1億人を超えるアメリカの成人が年収200万円程度の生活をしている。

2) 中流階級(9600万人)の平均所得は7万5000ドル(約750万円)。これは日本のサラリーマンの平均収入(平均441万円/2018年)より7割も多く、アメリカの中間層は「世界的に見ればいまだ裕福なひとびと」だ。この層の収入は1980年以来、年1.1%の割合で増加している。微々たるものに思えるが、これでも70年ごとに所得は倍増し、孫世代が祖父母世代の2倍稼ぐことになる。アメリカの中流階級の子どもたちは親のゆたかさを超えられないかもしれないが、祖父母は超えられるのだ。

3) 上位中流階級(2200万人)の平均所得は22万ドル(約2200万円)。アメリカの典型的な富裕層で、郊外に広々として家を所有し、子どもたちを学費のかかる私立学校に通わせ、十分な年金を積み立て、保証が手厚い医療保険に入っている。

4) 上位1%(240万人の富豪たち)の年間平均所得は150万ドル(約1億5000万円)。その頂点にいるのがジェフ・ベゾス(資産13兆円)、ビル・ゲイツ(10兆円)、ウォーレン・バフェット(8兆円)などの超富裕層だ(資産額は2020年当時。以下同)。

この所得分布からわかるのは、「現在のアメリカ経済において憂慮すべき問題は、中流階級が消失しつつある点にあるのではなく、労働者階級が驚くほど少ない所得しか受け取っていない点にある」ことだ。

著者たちは、こうした極端な経済格差はアメリカに特有な現象だという。1980年当時、上位1%の所得が国民所得に占める割合は、アメリカでも西欧諸国でも10%程度だった。現在、西欧諸国では上位1%の所得の割合は12%に増加したにすぎないが、アメリカは20%にもなった。同時に、下位50%の所得の割合はアメリカが12%に減ったのに対し、西欧諸国では24%から22%になったにすぎない。「高所得民主主義国のなかで、アメリカほど格差が拡大している国はない」のだ。

なぜこんなことになるのか。ひとつは、給与税(社会保険料)や消費税(売上税)など逆進的な税制によって所得の少ないアメリカ人に過酷な税負担が課されていること。もうひとつは、アメリカの富裕層が税金を払っていないことだ。アメリカのほとんどの社会階層が、給与税や消費税を含め所得の25~30%を税金として国庫に納めているが、超富裕層だけは例外的に20%ほどしか払っていない。―─これは日本も同じで、合計所得金額1億円までは累進的に所得税の負担率が上がり30%程度になるが、それ以降は下がりはじめ50億円を超えるあたりから20%以下になる(関口智立教大教授「資産課税の累進性高めよ」日本経済新聞2019年11月17日)。

フェイスブック創業者のマーク・ザッカーバーグの資産の大半は配当しないフェイスブック株で、含み益には課税されない。その結果、税を徴収できるのはフェイスブックの法人税だけになるが、それもタックスヘイヴンを使った租税回避で消えてしまう。

「バミュランド」はバミューダを使った租税回避を表わす著者たちの造語で、「合法的税圧縮」の手法を税の専門家たちがグローバル企業や富裕層に広めたことで、アメリカは法人税や資本課税の大幅な引き下げを余儀なくされた。高い税率のままだと、ますます租税回避が進むだけだからだ。タックスヘイヴンの存在によって世界各国は税率の引き下げ競争に巻き込まれ、「資本への課税はますます減り、労働への課税はますます増える」悪循環に陥ってしまったのだ。

ウォーレン・バフェットの実効税率は0.055%

2016年のヒラリー・クリントンとの2回目のテレビ討論会で、トランプは「彼女(ヒラリー)の友人たちも多くは多額の控除を受けている。ウォーレン・バフェットが受けている控除はかなりのものだ」と反撃した。これに対して「オマハの賢人(バフェット)」は、「私の2015年の財務報告書によれば、調整後総所得は1156万3931ドル(約12億円)である。私のその年の連邦所得税は、184万5557ドル(約2億円)だった。前年の財務報告書も同じようなものだ。13歳になった1944年以来、連邦所得税は毎年支払っている」として、多額の控除はなく、市民としての責任を果たしていると主張した。

だが著者たちは、「実際には、この声明はまったく逆のことを証明している」という。『フォーブス』誌によれば2015年のバフェットの保有資産は653億ドル(約6兆6000億円)。控えめに見積もって利益率5%としても、税引き前所得は32億ドル(約3200億円)になる。本来の所得(32億ドル)に対する180万ドルの連邦所得税の実効税率は0.055%で、「トランプとさして変わらない」のだ。

バフェットが税金を納めていない理由もザッカーバーグと同じで、資産運用会社のバークシャー・ハサウェイは配当を支払っておらず、ほかの会社に投資する際には、その会社にも配当の支払いをやめさせている。バフェットの財産は数十年にわたり、個人所得税の課税対象にならないまま法人内に蓄積され、その利益が再投資されることで、バークシャー・ハサウェイの株価は1株およそ30万ドルと、1992年時の株価の30倍になった。「何らかの理由で現金が必要なときにはこの会社の株式をいくつか売り、わずかばかりのキャピタルゲインにわずかばかりの税金を支払うだけ」なのだ。

もちろんバフェットは、こうした状況をよしとしているわけではない。自分が支払う税率が秘書より低いことは正当化できないとして提唱したのがバフェットルールで、「年間所得が100万ドルを超える個人には30%の最低税率を適用する」ことを求めた。現在のキャピタルゲインの最高税率(20%)が賃金所得の最高税率(37%)よりも低いので、この不均衡を正すのだという。

だが著者たちは、「これではまったく解決にならない」という。課税されるのは株式を売却したときのキャピタルゲインだけで、「バフェットの本当の所得のなかのごくわずかな部分」にすぎない。そこで提案されるのが「富裕層への課税強化」だ。

とはいえこれは、「金持ちは不道徳だから罰するべきだ」ということではない。著者たちの論理は、哲学者ジョン・ロールズの『正義論』に依拠した以下のようなものだ。

道徳的な議論を脇に置いて、この問題を徹頭徹尾、功利主義的に考えるならば、税制の目的は社会全体の厚生を上げることだ。ロールズは、最大限の平等な自由を前提として、公正な社会を実現するためには「もっとも不遇な立場にある者の利益を最大にするべきだ」と説いた。

それがなぜ富裕層への課税を正当化するのか。これは(著者たちが述べているわけではないが)「お金の限界効用は逓減する」ことから説明できそうだ。最貧困層にとって100万円は大金だが、ベゾスやゲイツ、バフェットにとっては増えようが減ろうが気づきもしないだろう。だとしたら、国家が権力(暴力)を行使して超富裕層から最貧困層に所得を移転することで社会全体の厚生は拡大するはずだし、こうした政策を功利主義者は支持するだろう。

もちろん、累進税率は高ければ高いほどいいわけではない。100%の税金を課せば、ほとんどのひとは働くのをやめて、国家のお金で遊んで暮らすことを選ぶだろう。したがって「最適課税」の第一のルールは、「最高税率の引き上げにより税収が減るのであれば、税率は引き下げた方がいい」になる。

しかしこれは、逆にいえば「税率の引き上げにより税収が増えるのであれば、税収が増えるかぎりいくらでも税率を引き上げた方がいい」ということだ。これが第二のルールで、「富裕層に最適な税率とは、できるだけ多くの税収を生み出せる税率」なのだ。

重要なのは富裕層への最高限界税率

1920年代、数学者・経済学者のフランク・ラムゼイは「あらゆる納税者が同じ税率を課される場合、税収を最大にする税率は、課税対象所得の弾力性に反比例する」ことを証明した。

従来の経済学では、資本は弾力性(税率の増減に対する敏感性)が高いとされてきた。法人税を引き上げると工場を外国に移転したり、資本資産の購入を控えたりして資本ストックが減り、それによって賃金が下がり労働者が損失を被る。資本(企業)に課税したつもりでも、実際はそのコストは労働者が支払うことになる(「法人税は労働者に帰着する」)。

これが法人税を引き下げるべきだとする論拠だが、実際のデータによれば、「資本への課税が増えても投資が著しく減少することはないし、企業利益への課税を減らしても労働者の賃金が増えるとはかぎらない」という。

「ラムゼイルール(最適課税の基本原則)」では、「課税対象所得の弾力性が低い場合、税率を上げたとしても、計上される所得はあまり変わらない。そのため、税率を上げれば、自動的に税収は増える」「課税対象所得の弾力性が高い場合、税率が高くなると課税基盤が著しく縮小してしまい、あまり税収が増やせなくなるため、望ましくない」とされる。

だがこれは均等税しか考えていないため、「(資本のような)弾力性の高い所得にはあまり課税すべきではない」と一概にいうことはできない。筆者たちは、累進所得税で税収を最大化するのは最高限界税率(最高位の税率区分の所得額に適用される税率)なのだから「重要なのは富裕層の所得の弾力性だけ」だという。これが「修整ラムゼイルール」で、「富の集中度が高いほど、富裕層に課すべき最適税率も高くなる」。

タックスヘイヴンをなくせば経済は効率化する

もちろん法人税や富裕層への税率を大幅に上げれば、資金はタックスヘイヴン(バミュランド)に逃げてしまうだろう。したがってこれは、国際社会が租税回避を完全に封じることが前提になる。

著者たちは「懲罰を課す、協調する、防御措置をとる、労せずして利益を得ようとするフリーライダーに制裁を加える」という行動プランを挙げているが、これは夢物語というわけではなく、税率が低い国が徴収しない税を(本社のある)税率が高い国が代わりに徴収する矯正税(自国の多国籍企業への最低税率)はすでにOECDが提案している。

それに加えて、租税回避産業の規制を担当する「公衆保護局」を創設し、税務関連のサービス提供者を監視し、その業務が公益を害することのないようにする。その結果グローバル企業は税を考慮する必要がなくなり、「労働者の生産性の高いところ、インフラの充実したところ、消費者に自社製品を買えるだけの購買力のあるところ」で事業を展開しようとするだろう。常識に反して、タックスヘイヴンの無効化と税の引き上げは経済を効率化させるのだ。

賃金や配当、利子、家賃、企業利益だけでなくキャピタルゲインも含め、あらゆる種類の所得を累進所得税の課税対象にすることは、投資家にとってきびしすぎると思うかもしれない。だが、税務当局が資産の購入日など完全情報を把握すれば、「キャピタルゲインからインフレの影響を取り除くこともできる」。長期に保有した株式や不動産を売却して得た利益は、その間のインフレ率を控除した金額への課税にすれば投資家にとっても大きなメリットになるだろう。

公平な税制にとってもうひとつ重要なのは、「企業の所得税(法人税)と個人の所得税を統合する」ことだ。これはオーストラリアやカナダですでに行なわれており、法人税を支払ったあとの利益を株主に配当した場合は、二重課税を避けるために法人税分が控除される(法人税は個人所得税の前払いになる)。これで、会社が法人化されても法人化されなくても、なにも変わらなくなる。さらに、非公開会社の留保利益に対しても利益を株主に振り分ける(利益の全額を配当したのと同じと見なす)ようにすれば、利益を法人内に留保する節税法は意味を失うはずだ。

このようにして租税回避の道がすべて封じられ、どこにも逃げがない(「同額の所得には同額の税金を支払う」という原則が徹底される)「理想世界」が実現したとすると、著者たちの試算では、「富裕層からの税収が最大になる最高限界税率は75%前後」になる。ここでいう富裕層は年間所得50万ドル(約5000万円)超で、(もっとも税率の低い区分から最高限界税率までの)平均税率は60%になる。連邦政府・州政府・地方政府に支払われるあらゆる税を考慮すると、一般的なアメリカ人の実質税率は30%程度だから、所得に占める割合からすると、富裕層は平均の2倍の税金を支払うことになる。

法人税の実効税率を2倍にし、所得税の網羅性と累進性を高め、徴税の強化によって遺産税収を倍増させたうえで、著者たちはさらに「5000万ドル(約50億円)を超える財産には2%、10億ドル(約1000億円)を超える財産には3.5%の富裕税」の導入を提案する。

こうした税制改革によって、バフェットが支払う「正当な」税額は年間18億ドル前後になる。これは、2015年にバフェットが支払った所得税180万ドルの1000倍にあたる。

超富裕層への懲罰的な資産税

本書の過激な提案は、じつはこれに止まらない。著者たちは、累進課税の所得税の最高税率は「100%近いレベル」にしてもかまわないという。アメリカ社会でレントシーキング(レント=超過利潤を求めてどんなことでもする強欲)が目に余るようになってきたからで、「1ドル稼ぐごとに90セントを内国歳入庁に持っていかれるのであれば、2000万ドルもの報酬を手に入れたり、ゼロサム金融商品を生み出して数百万ドルを稼いだり、特許薬の価格を吊り上げたりする意味はなくなる」はずだ。

もちろんこれには、「イノベーションを阻害する」との反論があるだろう。だがいまや社会に役立つ創意工夫よりも、強欲のためのさまざまな悪知恵に使われることの方が多くなった。「大胆なイノベーションが生み出されるペースが速くなれば、規制当局がそれに追いつくことも、一般市民がその詐欺行為に引っかからないよう事前に知識を得ることも難しくなる」。

最高税率が引き下げられてイノベーションが促進されたとしても、レントシーキングが活性化するだけだ。超高所得に対して100%近い税率を課せば、「経済力が分散され、税引き後所得後の格差が縮小し、市場での競争が活発化する」のだという。

だがこれだけでは、持続不可能なレベルにまで広がったアメリカの経済格差を縮小させるのは力不足だ。そこでこの限界を突破するために、富裕層の財産そのものに高率の課税を行なう必要があるとして、「10億ドルを超える財産に10%の限界税率というかなり高めの富裕税を課す」ことが提案される。

これは超富裕層に対する懲罰的な課税だが、仮に数十年前から高率の富裕税を課したとしても、マーク・ザッカーバーグの2018年の財産は210億ドルに達していたという(同年の実際の財産は610億ドルで、およそ3分の1に縮小した)。ザッカーバーグの財産が、はじめて10億ドルを超えた2008年以来、年40%の割合で増加しているからで、「年率10%の富裕税を課しても、これほどの勢いで増加する資産は抑えられない」のだ。

しかしビル・ゲイツ場合、10%の富裕税によって2018年の970億ドルが40億ドルほどへと25分の1まで縮小する。ゲイツはすでに30年以上にわたり10億ドルを超える財産を所有しているため、「高い富裕税による財産を削り取られる期間」も長くなるのだ。

著者たちの試算によると、「高めの富裕税を1982年から課していた場合、アメリカの所得階層の最上位400人は、2018年になってもまだ数十億ドル規模の財産を持っているだろうが、その総額は現在の3分の1ほどでしかなくなる」。その結果、彼らの財産がアメリカの財産全体に占める割合は、富の格差が大きく広がり始める前の1982年当時とほぼ同じになる。逆にいえば、10%の富裕税は40年前の「貧富の差」と同じレベルに社会を止めるためのものなのだ。

註)ここで例にあげられているザッカーバーグの資産はメタの株価下落で2022年の1年間で11兆円減ったと報じられた。著者たちの議論では、こうした場合に、前年度の資産を基準に支払われた税を繰り戻し還付するのかどうかの議論がなされていない。

消費税を廃止し、税収は均等勢と富裕税に

保育への公的支援が貧弱なアメリカでは、託児所の年間費用が幼児1人あたり2万ドルに及ぶケースもざらにある。アメリカの母親の収入は第一子の出産後、父親に比べて平均31%も減少するが、これは「事実上、政府支出の不足分を補うため、女性の時間に重税を課しているのに等しい」。

アメリカは国民皆保険でないため、民間医療保険の保険料が「民間の税金」となり、もはや人頭税と化している。医療保険の年間平均保険料は労働者1人あたり1万3000ドル(約130万円)で、あまりに高すぎて成人のおよそ14%が無保険のままだ。

北欧などヨーロッパのリベラルな国々はどこも高率の消費税で社会保障を賄っているが、消費税には逆進性があるため、それによってさらに格差を拡大させてしまう。それにもかかわらずなぜ消費税の税率だけが上がっていくのかというと、個人所得税や法人税、資本課税の引き上げが租税回避の誘因になってしまうからだ。

だが誰もが「同額の所得には同額の税金を支払う(租税回避の逃げ場がない)理想世界」では、もはや効率の悪い消費税に依存する理由はない。消費税を廃止して、国民所得(労働所得+企業利益+利子所得)に6%の均等税(国民所得税)を課して基礎税収を確保したうえで、富裕層課税で国民所得のおよそ10%分に相当する税収を確保すれば、国民全員に医療や育児を提供できるし、公立大学への助成金の増加などにより、高等教育を受ける機会も均等化できるという。

超富裕層の資産に高率の課税をすれば、ビル&メリンダ財団やソロス財団のような社会貢献のための財団は運営できなくなるかもしれない。だが功利主義的に考えるならば、国民皆保険や保育無償化、教育費の軽減などによるアメリカ社会全体の厚生の増加は、それを補ってあまりあるというのが著者たちの立場なのだろう。

本書で提案された税制が実現したとすると、逆進的な売上税(消費税)を廃止したうえで、上位5%を除くすべての社会階層で、現在よりも(社会保険料を含めた)税金の支払いが少なくなる(所得の中央値あたりでは、平均税率が38%から28%まで下がる)と試算される。

民主的な社会では、市民(有権者)の95%が得をする提案が受け入れられる可能性はじゅうぶんにあるだろう。国家がさらに財政支出を拡張できるというMMT(現代貨幣理論)が話題になっているが、政府の借金が増えればひとびとは「国家破産」を恐れてお金を使わなくなるだろう。それを考えると、財政を悪化させずに95%の国民の可処分所得が増える富裕層課税のほうが、これからの“左派ポピュリズム”の主流になっていくのではないだろうか。

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