ずいぶん前のことですが、中国や台湾の格安テレビにシェアを奪われるなか、日本のメーカーが「超高級テレビ」をつくろうとしている姿を追ったテレビ番組がありました。ルイ・ヴィトンが、他社と同じようなバッグをはるかに高い価格で売っているのだから、「世界に冠たる」メイド・イン・ジャパンのブランドがあれば、海外メーカが20万円や30万円で売っているテレビを1台100万円にしても、世界の消費者は喜んで買うはずだというのです。
この番組の印象的なシーンは、ディレクターがその話を、きびしい価格競争をしている中国(あるいは台湾)メーカーの社長にしたときです。社長は一瞬絶句したあと、思わず笑い出し、それが失礼になると思ったのか、あわてて「自分たちはそのような戦略は採用しない」と答えていました。その後、「100万円テレビ」は発売されたものの、まったく話題にならずに消えていきました。
海外市場で太刀打ちできなくなった日本メーカーは、国内のシェア争いに活路を見い出すしかなくなりました。ところがその国内市場は、少子高齢化によって縮小する一方なのですから、これはまさに「敗者の戦略」です。その結果、行き詰った東芝は、2016年に白物家電を中国の美的集団に、18年にはテレビ事業REGZA(レグザ)を中国家電大手の海信(ハイセンス)に売却します。
ところが、売却からわずか5年でREGZAが国内の販売シェアでトップに立ったと報じられました。旧東芝の白物家電も黒字化し、順調に売り上げを伸ばしているといいます(それ以前には、シャープが台湾企業の傘下に入って急速に業績を回復させました)。
日本の会社はイエ、すなわち社員の運命共同体で、経営者(サラリーマン社長)は経営のプロではなく、たんなる社員の代表です。そこで求められるのは、社員の雇用と既得権を守り、リスクをとらず、自分たちが定年退職するまで(あるいは年金を受け取って悠々自適の暮らしをするあいだ)会社を安定して存続させることです。
こうした保守的な経営方針は、経済環境が安定していればそれなりにうまくいったかもしれませんが、テクノロジーの指数関数的な進歩を背景に、伝統を破壊するイノベーションが莫大な富を生み出すようになって、前例踏襲の経営はまったく適応できず日本経済は低迷します。バブル崩壊後の「失われた30年」の多くは、これで説明できるでしょう。
そればかりでなく、社員を大切にすることは、裏返せば、非正規社員を搾取し使い捨てにすることです。こうして「正社員」と「非正規」の身分制が生まれたのですが、“リベラル”を自称する労働組合(正社員の互助会)はずっとこの不都合な事実を隠蔽してきました。かつては「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれた日本的経営が経済を「破壊」し、日本的雇用が日本を「差別社会」にしているのです。
岸田政権は「経済安保」の名の下に外国企業による買収を規制しようとしていますが、皮肉なことにいつのまにか、日本経済を復活させようと思ったら、中国や韓国・台湾の会社にどんどん買収してもらったほうがいい、という状況になってしまったようです。
参考:「レグザ国内テレビ販売首位」朝日新聞2023年5月31日
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