日本でいちばんストレスがないのは平社員? 週刊プレイボーイ連載(559)

ストレスが健康に悪いことはいまや常識ですが、イギリスの疫学・公衆衛生学者マイケル・マーモットは、それが社会的地位に強く影響されることをイギリスの官僚制度で明らかにしました。

ホワイトホールは主要官庁が並ぶロンドンの大通りで、日本では霞が関にあたる行政府の代名詞です。マーモットはここで働く官僚たちを対象に、1960年代から30年におよぶ大規模な疫学調査を行ないました。

イギリスの公務員制度は職務・職階によって厳密に階層化されていて、管理職や執行職・専門職は政策の策定や執行にかかわるもっとも地位の高い役職で、書記職はそれを支えるバックオフィスの仕事です。その下にはさらに、事務補助職など公務員制度では最底辺の仕事があります。

1万8000人の男性公務員の平均的な死亡率を基準にして、各階級の相対的な死亡率を調べたマーモットは、階級が高い者ほど死亡率が低く、階級が低くなるにつれて平均死亡率が高くなることを発見しました。

40~64歳の男性では、もっとも地位の高い管理職の平均死亡率が全体平均の約半分であるのに対し、もっとも地位の低い公務員の平均死亡率は全体の2倍に達しました。最底辺の公務員は、最上位の公務員の4倍もの割合で死亡していたのです。

マーモットは、二番目に地位の高い集団(執行職・専門職)の死亡率が、官僚制度の頂点にいる管理職よりも高いことなどから、ステイタスによるストレスは相対的なもので、自分よりステイタスの低い者がいるからといって、ストレスの悪影響から逃れられるわけではないと主張しました。よりステイタスが高い者が組織のなかにいると、それがストレスになって死亡率を高めるのです(その後の研究で、この傾向は女性公務員も同じであることがわかりました)。

ところが2019年、東京大学の国際共同研究が、日本と韓国および欧州8カ国の35~64歳の男性労働者を対象に、ステイタスと健康の関係を調べたところ、これとは異なる結果が出ました。欧州では(ステイタスの低い)肉体労働系の仕事の死亡率がもっとも高く、(ステイタスの高い)管理職・専門職の死亡率がもっとも低かったのですが、日本と韓国では逆に、管理職・専門職の死亡率が農業従事者に次いでもっとも高く、肉体労働系や事務・サービスなどの仕事を上回ったのです。

研究者はこの結果について、バブル崩壊後の日本では、リストラによる人減らしや長時間労働の負担が管理職や専門職に集中したからではないかと述べています。実際、日本では「下級熟練労働者」すなわち平社員の死亡率が、管理職・専門職の7割で、もっとも低くなっているのです。

近年、管理職になりたがらない若者が増えていますが、このデータからは、日本の会社ではこれが合理的な選択だとわかります。若手社員は上司である中間管理職の悪戦苦闘をじっと観察し、うかつに昇進に応じると、どんな目にあうのかをちゃんと理解しているようです。

参考:マイケル・マーモット『ステータス症候群 社会格差という病』鏡森定信、橋本英樹訳、日本評論社
「日本と韓国では管理職・専門職男性の死亡率が高い 日本・韓国・欧州8カ国を対象とした国際共同研究で明らかに」田中宏和、李延秀、小林廉毅、ヨハン・マッケンバッハ他(2019)東京大学プレスリリース

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