「メールをお送りさせていただきます」は誤用? 週刊プレイボーイ連載(552)

「メールをお送りさせていただきます」は誤用――といわれても、その理由がすぐにわかるひとは多くないでしょう。でもこれは、疑問形にできるかどうかで簡単に判別可能です。

「させていただく」の典型的な用法は、高価な骨董品を「拝見させていただきます」という場合ですが、これは「拝見してよろしいでしょうか」と言い換えることができます。ここからわかるように、「させていただく」には、「目上の者の好意によって、なにかをすることを許してもらった」という含意があります。

不祥事を起こした政治家が「反省させていただきます」と答弁すると、イラっとするのもそのためです。その政治家は「反省してよろしいでしょうか」と訊ねているわけではなく、国民が自分の「反省」を受け入れていることを前提にしているのです。

メールを送る許可を得ているわけでもないのに、「お送りさせていただきます」と書くのも同じことです。現実にはこんなことでいちいち文句をいうひとはいないでしょうが、「受講票を確認させていただきます」という受付の対応に激怒した年配の男性がいたといいますから、覚えておいても損はないでしょう。――相手の許可を得たいわけではないので、たんに「受講票を拝見します」でよかったのです。

とはいえ、「メールをお送りします」という正しい使い方に抵抗を覚えるひともいるでしょう。この表現では、相手への敬意が足りていないように感じるのです。

これは、日本語には強い「敬意逓減の法則」が働いているからです。どんな敬語もどんどんすり減って、いずれ役に立たなくなってしまうのです。

その典型が、若者のあいだで急速に広まった「よろしかったでしょうか」です。「いいですか」→「よろしいですか」→「よろしいでしょうか」の順で敬意を高めたものの、それもすり減ってしまったため、より相手と距離を置き、敬意を示すために過去形を加えたのでしょう。目の前の相手の意図を過去形で質問するのは矛盾していますが、敬語の原理(相手と距離をとればとるほど敬意が高まる)からは正しい「進化」なのです。

最近、気になるのは、若い編集者から「かしこまりました」といわれることです。メールならともかく(これも違和感がありますが)、私の感覚では、これは時代劇に出てくる言葉です。

ネット上のビジネス敬語の解説では、目上の者に「了解しました」を使うのは誤用だとされ、「承知しました」「かしこまりました」を使うべきだとされています。しかしなぜ、ここまで「目上/目下」を気にしなければならないのでしょうか。近代社会では市民はみな平等なのだから、「了解です」や「わかりました」でなんの問題もないでしょう。

日本は近代のふりをした「身分制社会」で、身分の上下が決まらないと尊敬語・謙譲語を正しく使えません。そのため、「目下」の立場になることの多い若者ほど、「敬語警察」を恐れて、日本語に混乱してしまうのでしょう。

だとすればやるべきは、敬語を「民主化」して、前時代的な用法を一掃することではないでしょうか。

参考:椎名美智『「させていただく」の使い方 日本語と敬語のゆくえ』角川新書

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