ワールドカップのカタール大会が開幕し、この記事が掲載される頃には日本がグループリーグを突破できたかどうかわかっているでしょう(グループリーグを1位突破したものの、PK戦で16強敗退)。今回は中東ではじめて行なわれる大会ですが、欧米諸国からの批判で開幕前からぎすぎすした雰囲気になっています。
きっかけになったのは、イギリスの新聞が昨年の2月、「W杯の開催決定後、6500人以上の移民労働者が死亡し、37人がスタジアム建設に関わっていた」と報じたことで、これに招致をめぐる買収疑惑や、LGBTQ(性的少数者)の権利が尊重されていないなどの批判が加わって、ドイツの内務・国家相がカタールでの開催を疑問視する発言をしたり、FIFA(国際サッカー連盟)のゼップ・ブラッター前会長が「カタールでのW杯は間違いだ。選択が悪かった」とインタビューにこたえたり、英BBCが開会式の放映を「ボイコット」するなど異例の事態に発展しました。
興味深いのは、これらの批判に対するFIFA現会長の反論です。スイスとイタリアの二重国籍をもつジャンニ・インファンティーノは記者会見で、「私は欧州の人間だが、欧州の人間は道徳的な教えを説く以前に、世界中で3000年にわたりやってきたことについて今後3000年謝り続けるべき」と述べたうえで、「一方的に道徳的な教えを説こうとするのは単なる偽善だ」と語ったというのです。
一般には、植民地主義は1492年のコロンブスによるアメリカ大陸発見から始まったとされますから、その歴史は500年です。3000年前となると紀元前1000年で、当時の文明の中心は中近東(およびギリシア)、インド、中国で、北ヨーロッパは森林に覆われた「蛮族」の地でした。「支配」と「謝罪」の期間が6倍にもなってしまったのは、それだけ怒りが大きかったのでしょう。
世界はいま、「すべてのひとが自分らしく生きられる社会をつくるべきだ」という意味でのリベラル化の大きな潮流にあり、それを欧米(アメリカの東部と西海岸、北の欧州)が先導しています。1960年代後半に「セックス・ドラッグ・ロックンロール」のカウンターカルチャーとともに生まれたこの新しい価値観では、マイノリティの権利を抑圧し、「自分らしさ」を否定することは許されません。
この議論(罵り合い)の背景には、ヨーロッパの移民問題があります。クルアーンの教えに則れば、女性は家族と夫以外に顔を見せてはならず、一夫多妻が認められ、同性愛は神の掟に反するとされます。どれも世俗化・リベラル化したヨーロッパの「良識」とは相いれませんから、あちこちで文化の衝突が勃発しました。イスラーム原理主義者による相次ぐテロや、内戦・統治の崩壊で中東・北アフリカから難民が押し寄せたことなどから、この「文化戦争」はさらに激しさを増しています。
ヨーロッパの極右は、いまでは「市民社会を守る」という“正義”を掲げて移民排斥を求めています。そう考えれば、「リベラル」によるカタール批判を「偽善」と断じたFIFA会長の暴言にも一理あるかもしれません。
参考:「「カタールへの批判は偽善だ」とFIFAのインファンティノ会長が非難 「欧州は今後3000年謝り続けるべき」」クーリエ・ジャポン(2022年11月20日)
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