厚生労働省が、年金保険料の納付期間を5年間延長し、20歳から64歳までの45年間にすることを検討していると報じられた。背景にあるのはもちろん少子高齢化で、社会保障制度を支える現役世代の数が減り、受益者である高齢者の数が増えていく。コロナ禍で出生数がさらに減ったことで、このままでは年金制度が持続不可能になると判断したのだろう。
現在の国民年金の保険料は月額1万6590円(年額19万9080円)で、これを40年間納めると、65歳以降、終身で月額6万4816円(年額77万7792円)の年金を受け取ることができる。
2021年の簡易生命表では、65歳時点の平均余命は男で19.85年(84歳)、女で24.73年(89歳)だ。この条件が今後も変わらないとするならば、20歳の国民年金加入者は、これから40年で796万3200円を納め、平均的には、男で1543万9171円、女で1923万4796円を受け取ることが期待できる。
必要な数字がすべて揃っているので、年金の運用利回りをExcelで計算してみると、男が年率2.16%、女が年率2.67%になる。年金受給額はインフレ率に応じて増えていくので、物価の上昇を完全にヘッジできるなら、国民年金は男で2%、女で2.5%のプレミアムを加えた(国家が支払いを保証した)無リスクのインフレ連動債ということになる。
このように、国民年金はけっして損な投資商品ではない。といいうよりも、加入者はかなり得をするようにできている。国民年金に多額の税が投入され、さらには厚生年金の基礎年金部分が「流用」されているからだが、問題は、この好条件がサスティナブル(持続可能)でなくなってきたことだ。
2015年から完全実施されたマクロ経済スライドで、人口動態に合わせて年金受給額は減額されていく。19年の財政検証では、約30年後の国民年金受給額が現在より約3割減ることが示された。毎月の年金が2万円も少なくなれば、生活できなくなったひとたちが大挙して生活保護に移行しかねない(当然、生活保護制度は破綻するだろう)。
こうした事態を避けるために納付期間を延長するのだろうが、積立額(負担)が増えれば当然、運用利回りは下がる。これも試算してみると、納付期間45年、受給額2割減のケースでは、利回りは男で年0.98%、女で年1.52%まで下がる。
だが、これで年金制度が安定する保証はない。納付期間を延長しても受給額が3割減るとすると、運用利回りは男で年0.57%、女で年1.15%になる。男の場合、45年間で約900万円の保険料を納め、年金として1100万円あまりを受け取ることになるが、20歳の若者がこの計算を見せられて、年金制度に魅力を感じるだろうか。
このようにして不可避的に、年金の受給開始年齢が引き上げられることになるだろう。将来は、20歳から69歳まで50年間保険料を納め、70歳あるいは75歳から年金を受給する「1億生涯現役社会」が到来すると予想しておこう。
橘玲の世界は損得勘定 Vol.106『日経ヴェリタス』2022年11月26日号掲載
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