【アクセス10位】富裕層とファッションモデル ニューヨークの有名クラブの生態学

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなってしまったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。

アクセス10位は2022年2月10日公開の「ニューヨークの有名クラブで日々繰り広げられているアメリカの富裕層とエロス資本との深淵な関係とは?」です(一部改変)。

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私はクラブカルチャーにはなんの知識もないが、そんな人間でもアシュリー・ミアーズの『VIP グローバル・パーティーサーキットの社会学』( 松本裕訳、みすず書房)はとても面白く読んだ。ニューヨークの有名クラブや、映画に出てくるようなアメリカの富裕層のパーティで、いったい何が行なわれているのかようやくわかったからだ。ここではその驚き(の一部)を紹介してみたい。

著者のミアーズはボストン大学の社会学者(准教授)だが、16歳からモデルの仕事を始め、ジョージア大学を経てニューヨーク大学で博士号を取得するまでパートタイムのモデルとして働き、2011年にその体験を“Pricing Beauty: The Making of a Fashion Model(価格表示された美 ファッションモデルをつくる)”という本にまとめた。ミアーズが行なったのは社会学でエスノグラフィーと呼ばれる行動観察調査で、研究者が調査対象と行動を共にし、同じ立場でさまざまな経験を記録する手法だ(フィールドワークの一種で、文化人類学者が先行して行なったので「民族誌調査」とも訳される)。

ミアーズは自分自身がファッションモデルだったので、「美の世界」の観察者としてうってつけだった。自身の体験や多くの取材をもとに、一見、華やかなファッションモデルが低賃金の労働で、モデルの多くがエージェントに借金しているなどの内幕を描き、高い評価を得た。

『VIP』はその続編で、ニューヨークやマイアミなどの有名クラブや、ハンプトンズ(ニューヨーク郊外)、コート・ダジュール(フランス)、イビサ島(スペイン)、サン・バルテルミー島(カリブ)などのリゾートで開かれるパーティ文化のエスノグラフィーだ。こうしたパーティには「girls(女の子たち)」と呼ばれるファッションモデルが集められるため、ミアーズは31歳にもかかわらずなんとか潜入に成功し、この興味深い文化を調査することができた。原題は“Very Important People: Status and Beauty in the Global Party Circuit(VIP グローバル・パーティーサーキットのステイタスと美)”。

ニューヨークのクラブにいる「ガールズ」とは?

イギリスの社会学者のキャサリン・ハキムは、(主に)若い女性はエロティック・キャピタル(エロス資本)ともいうべき大きな資本をもっていると述べた(『エロティック・キャピタル すべてが手に入る自分磨き』田口未和訳、共同通信社)。だが富裕層たちのパーティ文化では、売買春にならないように、金銭とエロス資本の交換は慎重に隠されている。――そのためミアーズは「エロティック・キャピタル」を使わず「美的資本」「身体資本」などとしているが、これはたんなるレトリックのちがいだろう。

パーティ文化の最大の特徴は、富と美の交換から利益が生じているにもかかわらず、関係者が並々ならぬ努力をして、「友だち同士で楽しく遊んでいる」という虚構をつくっていることだ。ミアーズは、(馬鹿馬鹿しいとも思える)その仕組みを見事に解き明かした。

ニューヨークなどのクラブには、DJブースとフロアのほかにVIP用のテーブル席が用意されている。フロアには座る場所がなく、バーカウンターでアルコールを買い、音楽に合わせて立ちっぱなしで踊るしかない。

壁際につくられたテーブル席はフロアから一段高くなっていて、そこにプラスチック製のソファーとテーブルが置かれている。ソファーの背の上側も平らになっていて、そこでも踊れるようになっている。ミアーズによれば、クラブの収益の大半はこのテーブル席から生み出される。

テーブル席を確保するのは「クライアント」と呼ばれる富裕層で、アラブの富豪などもいるが、その多くはウォール街などで働く「ワーキング・リッチ」だ。席料は1000ドル(約10万円)程度だが、彼らは一晩で1万ドルから1万5000ドル(約100万~150万円)を散財する。

それぞれのテーブルには5~10人ほどの「ガールズ(girls)」がつくが、彼女たちはホステスではなく、扱いはクラブの客だ。ガールズを連れてくるのは「イメージプロモーター」と呼ばれる男(わずかだが女もいる)だが、プロモーターは「手配師」ではなくクライアントの「友人」ということになっている。クライアントが直接、プロモーターにお金を払うと風俗業(ポン引き)になってしまうのだ。

では、どうやってプロモーターは収入を得ているのだろうか。それは、クライアントが注文するシャンパンなどのキックバックだ。ニューヨークのクラブでは1本200ドル(約2万円)程度のシャンパンを1000ドル(約10万円)で出している。「ガールズ」の分を含めて10本のシャンパンを入れれば100万円で、プロモーターはその2割(約20万円)を受け取る。これを週4日やれば月収300万円、年収3000万円ほどになる計算で、これが基本的なビジネスモデルだ。

プロモーターとガールズの間にも金銭関係はなく、あくまでも「男友だち」に誘われてクラブに遊びに来たことになっている。ただしプロモーターは女の子たちに高級レストランでディナーをおごり(ディナー代はクラブ持ちだがウェイターなどにチップをはずまなくてはならない)、クラブから自宅までの送迎も必要になる。女の子たちにアパートを提供することもあり、全体ではかなりの出費になるようだ。

「ガールズ」は現金を受け取らない(お金が介在すると「高級コールガール」になってしまう)が、豪華な食事からパーティまですべて無料で楽しめるばかりか、リゾート地への往復の旅費や宿泊費もプロモーター持ちだ。無一文でも「スーパーリッチの夢の世界」を体験できるのだ。

ここからわかるように、ニューヨークのクラブで行なわれていることは、日本なら銀座のクラブやキャバクラ、ホストクラブ、”ギャラ飲み”とほぼ同じだ。ピューリタン文化の名残のあるアメリカでは、風俗の女性と素人を厳密に分ける必要があり、日本ではお金ですませてしまうことにこのような複雑な仕組みをつくったのでないだろうか。

「クライアント」から「ボトルガール」まで、クラブの登場人物たち

クラブでは、「ガール(girl)」と「ウーマン(woman)」の間にはっきりとした境界線がある。「ガール」の第一条件は若さで(16歳から25歳までで、30歳を超えると「ウーマン」になる)、それに加えて背が高くやせていなければならない。身長はヒールなしで最低175センチ以上、ドレスサイズは4(ウエスト63センチ)以下。このような体形の女性はめったにいないから、必然的に「ガールズ」のほとんどがファッションモデルになる。人種のちがいも顕著で、ほとんどが白人で構成され、黒人やヒスパニック、アジア系はグループのごく少数であれば許される。

身長が重要なのはクラブで目立つためだ。「ガールズ」は10センチのハイヒールを履くので、背の高さは185センチを超える。それがテーブル席のソファーや、あるいはソファーの背の上で踊るのだから、派手な照明が明滅するなかでもフロア中の注目の的になる。逆にいうと、背が低かったり、太っていたりするとクライアントに恥をかかせることになってしまうのだ。

「ウーマン」にも序列があって、“good civilian(マシな一般人)”は、モデルほどではないもののそれに匹敵する女の子で、やはり背が高くやせている。ニューヨークの女子大生や広報関係で働いている女性が多く、プロモーターにとってはモデルが手配できないときの「予備」になる。“civilian(一般人)”はそれ以外のすべての女性で、“pedestrians(歩行者)”とも呼ばれ、テーブル席に招かれることはない。

「バウンサー(用心棒)」と呼ばれるクラブの警備員は体格のいい黒人で、誰を入場させ、誰を断るかを決める。クラブが気にするのは男女比で、できるだけフロアの女性比率を高くしたい(その方が見栄えがいい)。女同士なら入れるが、男だけのグループは門前払いだ。有名なクラブに行こうと思ったら、何人かの女友だちを連れて行かなくてはならない。

たとえ「歩行者」であっても、フロアが若者たち(理想的な男女比率は1:2)で埋まっていないとクラブは盛り上がらない。(ガールズを調達する)イメージプロモーターとはちがい、「マスプロモーター」はお洒落な女の子たち(一般人)をフロアに送り込む業者で、バーでドリンクを注文する彼女たちは「充填材(フィラー)」と呼ばれる。

それでもフロアが埋まらないと、やむなく「見た目がふさわしくない」客を入店させなければならない。ニューヨークのクラブでは、彼ら/彼女たちは「橋とトンネル」と呼ばれる。クイーンズやスタテン島のような野暮ったい地域から、橋かトンネルを使ってマンハッタン島までやってくるからだ。

クラブの従業員の最底辺は、空のボトルやグラスを運ぶ下っ端のウェイターで、大半が身長の低いヒスパニックだ。テーブル席にシャンパンを運ぶのが「ボトルガール」で、背が高く、露出度の高いドレスを着て、比較的多様な人種で構成されている。ボトルガールは、運んでいるボトルと同様に「購入可能」とされている。

テーブル席からボトルを注文するのが「ボトルクライアント」だが、そこにも序列があり、ひと晩で数千万円の散財をする者が“whale(クジラ)”だ。クラブはなんとかして「クジラ」を呼びたいが、彼らは最高の「ガールズ」がいるところにしか興味がない。「ガールズ」の質がクラブの売上に直結し、イメージプロモーターはクラブのためにモデルを集めることで、シャンパン代のキックバックを受け取る。この関係は「モデルとボトル」と呼ばれる。

プロモーターには質の高い「ガールズ」を安定して「供給」することが求められ、その成果で序列が決まる。「友人」のスーパーリッチが主催するパーティに「ガールズ」を「派遣」するのも彼らの役割だ。ニューヨークのクラブカルチャーの登場人物は、おおよそこのような配置になっている。

クライアントにとって「ガールズ」は「女性の形をした家具」

スーパーリッチはなぜ「ガールズ」を必要とするのか。それは1世紀前の経済学者ソースティン・ヴェブレンが唱えた「顕示的消費」で説明できる。クラブのフロアで一般人(歩行者)と同列に扱われるのは、彼らにとって屈辱以外のなにものでもない。フロアの注目と羨望を一身に浴びるためには、DJブースに近いテーブル席を確保し、見上げるような「ガールズ」を躍らせて思い切り目立たなくてはならないのだ。

クラブもスーパーリッチの虚栄心を満足させる演出を心得ている。屈強なバウンサー(用心棒)がスパークラー(電子花火)で飾られたシャンパンのバケットを頭上高く掲げてフロアを横切り、その後ろに、やはりスパークラー付きのボトルを掲げたボトルガールたちが続く。

どこかのテーブルがシャンパンを注文すると、それに対抗して別のテーブルのクライアントがより豪勢な注文をする。こうしてシャンパンのボトルはどんどん大きくなり、ついには6リットル瓶が4万ドル(約400万円)で提供されるようになった。

クライアントにとって、「ガールズ」は装飾品あるいは「女性の形をした家具」にすぎない。性的な関係になることはあるが、大音響のクラブでは話もできないので、恋愛関係はもちろん個人的なつき合いをすることもない。

ミアーズは、クライアントの依頼でプロモーターが高級レストランに「ガールズ」を連れて行ったときのことを書いている。最高級の料理は出されたものの、クライアントたちは「ガールズ」に話しかけようともせず、ずっと内輪のビジネスの話をしていて、なんとも気まずい会食になった。

これも、クライアントが「ガールズ」を装飾品と見なしているとすれば理解できる。男だけのグループで高級レストランに行けば、女性連れの客よりも格下になってしまう。モデルを何人も引き連れていれば、店内の視線のすべてが自分たちに集まるだろう。それが目的なので、女の子一人ひとりの個性や人間性はどうでもいいのだ。

ミアーズが話を聞いたクライアントの一人(23歳のヘッジファンドのアソシエイト)はこういった。

「あそこにいる女の子のほとんどは、尻軽女かバカな売女だと思ってるよ……話をしてみたらわかるさ、あの子たちはとにかくからっぽなんだ。[ほかに]説明する言葉は見つからないよ。ただからっぽなのさ……一発ヤルくらいはするけど、つきあったりはしないね。だって、飯に連れて行っても、スシがなんなのか知らないんだぜ。「うわあ、これ何? 食べたことない!」なんてさ。無理無理、耐えられないよ」

これは偏見で、未成年で学歴のないモデルもたくさんいる一方で、大学で法律やビジネス、国際関係論などを学んでいる「ガールズ」もいたとミアーズはいう。だがそうだとしても、彼女たちはなぜ、自ら進んでこのような「性差別的」な関係を受け入れるのだろうか。

その理由を端的にいえば、「金持ち男性の欲望の対象になるよう誘われるのは、信じられないほど魅惑的なものがある」からだ。ポルシェでの送り迎え、高級レストランでのワインと食事、スーパーリッチの豪邸でのパーティ、有名なイベントでセレブに会うこと……、いずれも「通常、社会・経済的権力から排除されている女性が自力では手に入れられないもの」ばかりだ。

「ガールズ」は大きなエロティック・キャピタルを持ってはいるものの、モデルとしては底辺で(一流モデルはこんなことはしない)、だからこそ、ほかの女性がアクセスできない世界に自分だけは入れてもらえるという優越感を求めるのだろう。

プロモーターの夢と現実

プロモーターになるのはどのような男だろうか。ミアーズによると、黒人やヒスパニックのプロモーターも一定数いるし、貧しい家庭で育った移民からヨーロッパの上流階級出身者まで経歴もさまざまだ。共通するのは、ハイヒールをはいた「ガールズ」よりも背が高く、引き締まった身体をしたハンサムで、「白人の女にモテる」ことだ。女友だちを連れてクラブで遊んでいたら、オーナーから、「キックバックを払うからプロモーターにならないか」と誘われたというのがこの世界に入る典型的なケースだ。

とはいえ、プロモーターの仕事はけっして楽ではない。「ガールズ」とは雇用関係にあるわけではなく、たんなる「友だち」なのだから、拘束することはできない。クラブへの誘いに乗るかどうかは彼女の自由だし、途中で帰ってしまっても、あるいはレストランの食事だけでクラブに行くことを断られても罰則を科せない(次から呼ばなくなるだけだ)。

それにもかかわらずクラブからは、クライアントが満足する「高品質」の「ガールズ」を確実に連れてくるよう求められる。そのためプロモーターは、100~200人の女の子のアドレスを管理し、メールやSNS、電話でパーティやイベントに誘っている。

さらに問題なのは、「ガールズ」がすぐに「劣化」してしまうことだ。クラブやクライアントを満足させるには、つねに新しい「ガール」を補充しなければならない。ニューヨークではソーホーにモデルエージェントが集まっていて、そこでは毎日のようにプロモーターが新人モデルをナンパしようとしている。

こうしたナンパがある程度成功するのは、モデルの多くが高校を卒業して地方からニューヨークに出てきたり、北欧や東ヨーロッパ、ロシア、ブラジルなどから「夢を求めて」アメリカにやってきているからだ。彼女たちはお金もコネも友人もなく、場合によっては住むところすらない。プロモーターと知りあえば、共同アパートを無料で提供され、高級レストランでおごってもらい、ほかのモデル(ガールズ)と友だちになれる。なによりも、田舎や貧しい国では想像もできなかったようなスーパーリッチの世界を体験できるのだ。そう考えれば、これはけっして悪い取引ではない。

プロモーターはその日の参加者が決まると、午後10時くらいに車で迎えに行き、レストランで食事をする(いわゆる”同伴”だ)。その後、午前零時頃にクラブに到着すると、所定のテーブルに行って午前3時頃までクライアントを楽しませる。プロモーターはたんに女の子たちを管理するだけでなく、一緒に踊って場を盛り上げなくてはならない。

シャンパングラス片手に、ときにはシャンパンのボトルを持って「ガールズ」が踊るのは、ボトルを空にすれば追加の注文をせざるを得なくなり、その分、プロモーターの取り分が増えるからだ(飲む振りをして、グラスの中身をバケットに空けたりする)。彼女たちにとっても、どうせ他人のカネで遊ぶのなら、プロモーターが儲けた方がいいのだ。

クライアントが自宅などで二次会をすることもあり、その場合はパーティが終わるのが午前5時(あるいは午前7時)頃になる。プロモーターはこれを週4日、「ガールズ」をリゾートに連れて行ったときは毎日続けなくてはならない。体力はもちろん、クラブカルチャーや女の子、刺激的なことがほんとうに好きでないとできない仕事だ。

貧しい家庭に育った若者がニューヨークの有名クラブのプロモーターになれば、美女たちに囲まれた年収数千万円の暮らしができる。こんな成功を手にしたらほかに望むものなどないと思うだろうが、じつは彼らはみな「成功」を渇望している。なぜなら、プロモーターが「友人」としてつき合うクライアントは、資産数百億、数千億円というスーパーリッチばかりだからだ。

クライアントは自分のパーティに「ガールズ」を呼ぶようプロモーターに依頼するが、「女をカネで買った」のではなく、あくまでも「友人たちを招待した」ことになっている。クライアントとプロモーターは建前の上では対等で、プロモーターは「友人」であるクライアントと大きなビジネスをして、自分もスーパーリッチに成り上がることを夢見るようになる。プロモーターの年齢の上限は30代半ばとされており、それまでに大きな「成功」を手にしなければならないのだ。

ミアーズはプロモーターからさまざまなビジネスの計画を聞かされたが、そのうちひとつとして実現したものはなかった。クライアントにとってプロモーターは、「女の形をした家具」の調達係にすぎないのだから、彼らとビジネスする理由などどこにもないのだ。

ミアーズは「夢の世界」で奮闘するプロモーターたちの生態を活き活きと描いており、本書にはこれ以外にも興味深い話がたくさん出てくる。「人間の性(さが)」を知りたいひとには格好の読書体験になるだろう。

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