「多数派と少数派の差が大きいほど社会は安定する」という不都合な事実 週刊プレイボーイ連載(544)

アメリカ中間選挙は、バイデン政権の支持率低迷にもかかわらず民主党が善戦し、共和党が下院で過半数を奪還したものの、上院では当初の予想を覆して民主党が多数派を維持し、トランプの影響力に陰りが出たといわれています。とはいえこれからの2年間、政権運営が困難になることは避けられず、24年の大統領選の行方も混沌としています。

アメリカ社会はすっかり、「リベラル(民主党)」と「保守(共和党)」に政治イデオロギーで分断されてしまいましたが、その背景には人口動態の「不都合な真実」があります。それが、「多数派と少数派の差が大きいほど社会は安定する」です。

冷戦の終焉にともなうユーゴスラヴィアの解体で、1992年からボスニア=ヘルツェゴビナでは、セルビア人、クロアチア人、ボシュニャク人(ムスリム)の三つ巴の内戦が始まりました。95年7月にはセルビア人の武装勢力が山間の町スレブレニツァを占領し、男だけを連れ出しておよそ7000人を虐殺する事件が起きています。

ところが当時のボスニアの状況を詳細に調べると、奇妙なことがわかってきました。ある村ではセルビア人とクロアチア人が凄惨な殺し合いをする一方で、別の村ではセルビアの民兵とクロアチアの武装勢力がサッカーに興じていたのです。
なぜこんなことになるのか。そのもっとも大きな要因が、多数派と少数派の比率です。

常識とは逆に、多数派が圧倒的な地域では、少数派への民族浄化はほとんど起こりませんでした。多数派は自分たちの地位が侵されないことを知っているので、少数派を弾圧してわざわざ面倒を起こす理由はなかったのです(少数派も反抗はムダだとわかっているので、生命を危険にさらそうとは思いませんでした)。

それに対して両者の比率が拮抗していたり、三者の関係が不安定だったりすると、ひとびとはいつ何時、自分たちが少数派に追いやられるかもしれないと思うようになります。極右勢力はこの不安につけ込み、「家も土地も奪われ、家族もろとも殺される」という宣伝(プロパガンダ)を行なったのです。

アメリカでは白人の人口が減少し、2045年には少数派になると予測されています。ヨーロッパでも、フランスでは移民の割合が10%を超え、親や祖父母が移民だったひとを加えると市民の30~35%(3分の1)が「移民系」だといいます。

欧米では近年、「グレート・リプレイスメント」論が影響力を増しています。ヨーロッパ系白人がつくりあげた文明(市民社会)が、有色人種(ヨーロッパではムスリム、アメリカではヒスパニックなどの移民)によって「リプレイス(置き換え)」され、西欧は没落していくという悲観論で、右派のポピュリストが白人の不安を煽っています。

現代史を見るかぎり、そしておそらくは人類史を振り返っても、もっとも安定するのは多数派が少数派を支配する社会でした。社会を大きく動かすのは、けっきょくは「生存への脅威」なのかもしれません。

誤解のないようにいっておくと、ここで「移民を排斥せよ」といいたいわけではありません。長期で見れば、ひとびとは混ざり合って一体化していくのでしょうが、それまでにはずいぶんと長い時間がかかるという話です。

佐原徹哉『ボスニア内戦 グローバリゼーションとカオスの民族化』有志舎

『週刊プレイボーイ』2022年11月21日発売号 禁・無断転載