ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなってしまったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
アクセス2位は2021年9月9日公開の「若い男性がオンライン「ポルノ中毒」になることで陥る深刻な障害とは?」です(一部改変)。
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日本ではまだあまり知られていないようだが、欧米ではオンラインポルノのbinge watching(ドカ見)が社会問題になっている。Binge(ビンジ)は「限度を超えて熱中する(浮かれ騒ぐ)こと」の俗語で、若者たちがパーティで酩酊するのがbinge drinking(ドカ飲み)だ。ここからNetflixなどのシリーズものを一気に観ることをbinge watchingと呼ぶようになり、それがさらに「ポルノ漬け」に転用された。
一般にポルノの弊害というと、女性や子どもへの性暴力につながることが懸念されるが、ゲーリー・ウィルソンが『インターネットポルノ中毒 やめられない脳と中毒の科学』(山形浩生訳、DU BOOKS)で警告するのは、思春期以前からポルノ漬けになった(主に)若い男性が、ED(勃起不全)や女性との通常の性的関係に深刻な障害を抱えるようになることだ。
ウィルソンは病理学・解剖学・生理学の専門家で、YBOPというサイトで強迫的なポルノ利用について警鐘を鳴らしつづけたが、2021年5月に慢性疾患のため死去した。
膨大なポルノを浴び続けることで「セックス拒食症」に
オーストラリアの調査では、2008年には「ポルノを毎日見る」と回答したのは5.2%だったが、2011年になると思春期の13%がポルノを毎日のように見ていた。その6年後の2017年には、男性の39%と女性の4%が毎日あるいはしばしばスマートフォンでオンラインポルノを見ていた。この急激な上昇率(ポルノの普及)の背景に、高速インターネット(4G)の登場があることは明らかだろう。
この調査では、15~29歳の若い男性に限れば100%がポルノを見た経験があり、若い女性でも82%が見たことがあると報告している。はじめてポルノを見た年齢も下がりつづけ、男性の69%と女性の23%はポルノ初体験が13歳以下だった。
こうした事情はアメリカやイギリスでも同じで、すでに社会心理学者のフィリップ・ジンバルドーとニキータ・クーロンが『男子劣化社会』(高月園子訳、晶文社)で、中高時代を男子ばかりの寄宿舎で仲間たちと大量のポルノを見ながら過ごした男性が、愛情はあるのにもかかわらず恋人と性交渉ができない事例などを紹介している。少年期から膨大なポルノにさらされつづけたことで「セックス拒食症」とでも呼ぶ状態になり、ほんもののセックスと“ポルノの再演”の違いがわからなくなってしまうというのだ。
近年の脳科学では、複雑な道路や一方通行などの規則を記憶しているロンドンのタクシー運転手の海馬(記憶にかかわる脳の部位)が発達することがわかって、「一定の年齢になったら脳の成長は終わる」という常識が書き換えられた。この「脳の可塑性」は「いくつになっても学びつづけられる」というポジティブなニュースとして歓迎されたが、ウィルソンはこの可塑性がネガティブな方向にも作用すると指摘する。ポルノばかり見ていると、脳の部位に生理的・機能的な変化が起こる可能性があるのだ。
精神分析医のノーマン・ドイジは『脳は奇跡を起こす』(竹迫仁子訳、講談社インターナショナル)で次のように述べた。
コンピュータに向かってポルノを眺める男性たちは……脳地図の可塑的変化に必要なあらゆる条件を満たす、ポルノ訓練セッションへと誘惑されたのだった。いっしょに発火するニューロンは結節されてしまうので、こうした男性たちは画像を、脳の快楽中枢に接続する練習を大量に受け、しかも可塑的変化に必要な没頭するほどの関心を向けている。
(ネットポルノを見ながら自慰をすることで得るオルガズムの)報酬は行動を後押しするだけではない。それは店舗で『プレイボーイ』を買うときに感じる恥ずかしさを一切刺激しない。これは「処罰」なしの行動だ。報酬しかない。
可塑性は競争的だから、新しくワクワクするイメージが占める脳地図は、それまで彼らを惹きつけてきたものを犠牲にする形で増加した――これが、彼らがガールフレンドをいままでほど魅力的だと感じなくなった理由だと私は考える。
2007年、性科学研究者のジャンセンとバンクロフトは、ストリーミング式ポルノを見ると勃起障害が起きるらしいことと、「エロチカへの高い暴露は『普通のセックス』への反応性を引き下げ、新奇性とバリエーションへのニーズの高まりを引き起こす」ことを発見した。
2014年、権威ある医学雑誌は、穏健なポルノ利用者ですら、年数と現在の週当たり利用時間が灰白質の減少や性的反応の低下と相関していることを示す研究を掲載した。ポルノの定期的な消費は、大なり小なり報酬系をすり減らしかねないというのだ。
こうして研究者たちは、ポルノ起因のED(勃起障害)について議論するようになった。
若い男性の3~4人に1人はポルノ中毒
オンラインポルノのbinge watchingが心理的な問題(依存症)の原因になっているかについては専門家のあいだでも議論百出して結論は出ていないが、オンライン掲示板などではそれに先んじて「依存症者」の自助グループが次々とつくられている。そのなかでも最大のものが匿名掲示板Redditの”NoFap”だ。“Fap”は、「ポルノで自慰をする」ことを表わす俗語だという。
掲示板では、すでにさまざまな「ポルノ漬け体験」が報告されている。
本物の女性とセックスしようとしたときの感じは「異様」としか言い様がなかった。それは不自然で異質に思えた。画面の前にすわってシコるのになれすぎて、精神は本当の現実のセックスより、そっちのほうが普通のセックスなのだと考えるようになったみたいだった。
子供の頃はとてもスポーツ好きで社交的だった。いつも楽しくて友だちも山ほどいた。それが11歳の頃に、KaZaAをダウンロードして、その後想像し得る限りありとあらゆるポルノ(SM、動物、四肢切除者等)に進んだことで、すべてが変わった。激しいうつと不安を覚えるようになった。その後15年間の人生は惨めもいいところだった。とんでもなく反社会的になった。だれもとしゃべらず、昼ご飯も一人きりだった。みんなを憎悪した。やってきたスポーツすべてで一流だったのに、全部やめた。成績も、ギリギリ可まで急落した。いまは考えたくもないけど、自分なりに「コロンバイン高校型」のこの世との別れすら計画しようかとさえ思いはじめた。
[29歳]17年にわたるオナニーと、12年にわたる極端/フェティッシュポルノへのエスカレーション。本当のセックスに興味を失いはじめた。ポルノによる興奮の高まりと射精が、セックスからのものより強くなった。ポルノは無限のバラエティを提供する。そのときに見たいものを選べる。セックスでの遅漏はあまりにひどくなって、ときにはまったく射精できなくなった。おかげでセックスという最後の欲望も消えた。
当然のことながら、ポルノ漬けには明らかな性差がある。2017年の研究では、大学人口で対象者の10.3%が「サイバーセックスの臨床範囲にいる」とされたが、「ポルノ中毒」の内訳は男性の5人に1人(19%)なのに対して、女性は20人に1人に満たなかった。ポルノ利用を調べる研究者たちは、若い男性のポルノ中毒率が28%あたり(3~4人に1人)だとしている。
セックスに問題を抱えている臨床患者についての2015年の調査によると、週に7時間以上、ポルノでオナニーする男性の71%が性的機能不全を報告しており、33%は遅漏を報告している。
2001~02年調査では40~80歳のヨーロッパ男性のED率は13%ほどだったのに、2011年のヨーロッパの若者男性のED率は14~28%だった。平均的な中高年男性(40~80歳)の勃起不全の割合より、若者の勃起不全の割合の方が高くなったのだ。
2016年のカナダの調査では、男性(16~21歳)の78.6%がパートナーのいる性的活動での困難を訴えた。勃起障害(45%)、性欲減退(46%)、射精困難(24%)がもっとも多かった。
それにもかかわらず、過剰なポルノ利用者が精神医療に助力を求めると、社会不安、自尊心の低さ、集中力欠如、やる気欠如、うつなどと診断され、向精神薬を処方される。ポルノなしで勃起や射精ができないと訴えれば、「自分の能力に対する不安」と診断されるだろう。
オックスフォード大学の研究では、インターネットに対する穏健または重度の中毒が、自傷のリスク増大と相関している。研究者は因果関係も調べていて、EDがうつを引き起こすのであって、その逆ではないという。
ポルノが脳の報酬系を乗っ取る
わたしたちは無意識のうちに、自分を中心に物語をつくっている。性的ファンタジーでも、ほとんどの場合は自分が主役になるだろう。
だがポルノの際立った特徴は、自分が「観客」になることだ。ウィルソンは、受動的な立場でオルガズムを繰り返すことが性的な報酬系に深刻な影響を与えるのではないかという。
脳の可塑性というのは、わたしたちがつねに(無意識のうちに)自分の脳を訓練しているということだ。だとしたら、インターネットポルノをbinge watchingするとき、脳にどのような変化が生じているのだろうか。
ウィルソンは、性的関心は性的志向とは別物で、性的な関心は条件づけられるという。異性愛/同性愛などの性的志向は(おそらくは)生得的なアイデンティティで生涯を通じて変わらないが、性的な関心は外的刺激から影響を受けやすい。たとえば次のような体験が報告されている。
私はゲイだが、ポルノを見ると女性に性的な関心を抱ける。まあ……胸じゃないけど、でも他の女性の身体の部分に興奮するようになる。ポルノは過剰に詰め込まれたエロティックな雰囲気だ。あらゆる抑制が取り払われて、興奮への欲望は支配的になる。
[19歳]ぼくは本気でゲイになりかけてるんだと思った。HOCD(ホモセクシュアル強迫神経障害)が当時は実に強くて、近くの高層ビルから飛び降りようかと思ったんだ。実に落ち込んだ。自分が女の子が好きで男なんか愛せないのはわかってたけれど、なぜEDなんだ? どうして興奮に至るのにトランス/ゲイねたが必要なんだ?
2016年の調査では、異性愛の男性の20.7%が男性同性愛者のセックス行為を含むポルノを見たと報告し、自分をゲイだと申告する男性の55%がポルノで異性愛行動を見ていた。
このようなことが起きるのは、ポルノが脳の報酬系を乗っ取るからだ。ヒトの進化の過程を考えるならば、もっとも大きな報酬が「食料(生き延びること)」「性愛(子孫を残すこと)」「評判の獲得(共同体のなかで地位を上げること)」と結びついていることは明らかだ。ポルノは脳にとって、ドーパミンを大量に産生させる強烈な刺激になる。
ドーパミンはかつては快楽分子と呼ばれたが、その後、「快楽を求めて探し回る」期待分子へと修正された。最終的な報酬(快楽の気分)をもたらすのはエンドルフィンなどの内生的なアヘン類で、ドーパミンは動機(モチベーション)にかかわっている。
ドーパミンはあらゆる体験の潜在的価値を決めるバロメーターで、どこ(誰)に近づき、何を獲得し、注意をどこに向けるかべきか指示する。それに加えて、脳の神経接続を再配線し、将来に備えて何を記憶すべきかを決める。
心理学者は、「ドーパミン系はアヘン系より強い」という。「人は満足するより多くを探し求める……満足してボーッとしているよりは、探し続けるほうが生き残る確率が高い」からだ。
オンラインポルノには、ヒトが自然界で出会う刺激とは異なる次のような特徴がある(これは「超常刺激」と呼ばれる)。
- アクセスが簡単で、一年中昼夜を問わず手に入り、無料でプライベート。
- ほとんどの利用者は思春期以前からポルノを見はじめる。その脳はドーパミン感度と可塑性の頂点にあり、さらには中毒への耐性がなく、知らないうちに性的関心を再配線してしまいかねない。
- 食べ物には消費の限界があるが、インターネットポルノ消費には物理的限界はない。
これによって、思春期の脳の性的な報酬系に深刻な障害が引き起こされる可能性があるのだ。
現代社会が仕掛けた「残酷なジョーク」
科学者たちが一雄一雌の動物をアンフェタミンで興奮させると、もはやパートナーでは満足しなくなる。人工的で異常な刺激が脳の報酬系に作用し、持続的な絆をつくる回路を抑え込んで乱交的な哺乳類と同じにしてしまう。
メンタンフェタミン(覚醒剤)やヘロインのような中毒性のドラッグが魅力的なのは、それがセックスのために進化した仕組みを乗っ取るからだ。ラットを使った研究では、性的興奮で生じるドーパミン水準は、モルヒネやニコチン投与で引き起こされるものに匹敵した。
「オルガズムは自然の強化因子として最も強力なものだし、遺伝子の再生産が最優先の仕事なので、ポルノのストリーミングを見ながらオナニーするのは、神経学的に並ぶものがない」とウィルソンはいう。この強烈な刺激によって脳の配線が書き換えられていく。
その過程は「増感」「脱感」「機能不全の前頭葉前部回路」「ストレス系の誤作動」で説明される。
「増感」というのは、中毒と関連する遺伝子を活性化させる脳の灰白質(DeltaFosB)が蓄積することだ。DeltaFosBは転写酵素の一種で、報酬系が刺激されて神経細胞が興奮すると、興奮と関連した出来事(光景、音、感覚、匂い、感情)の記憶を蓄積する神経細胞とつなげる。同じ活動を繰り返すと、その分だけ細胞接続が強化される。これがキューやトリガーと呼ばれるもので、ささいな出来事(両親が出かけて家に1人だけになる)がポルノへの強烈な渇望を引き起こしたりする。
キューに強い反応を示すことは、生存や性愛にとって有益な機会を逃さないようにする進化の設計だが、あらゆるところに超常刺激があふれている現代社会ではそれが依存症の原因になっている。
「脱感」は、増感とは逆に快感反応を鈍化させることで、CREBという分子がドーパミンを抑制する。これも進化の過程を考えれば当然の仕組みで、セックスの快感がつねに最初と同じように強烈なものならば、子育てに時間を費やそうとなどとは思わないだろう。遺伝子が後世へと受け継がれていくためには、快感に飽きるような設計にしなければならないのだ。
しかしこれによって、自然は「残酷なジョーク」を仕掛けたとウィルソンはいう。
人類が進化の大半を過ごした旧石器時代には、報酬系を興奮させる刺激はほとんどなかった。ある刺激に飽きてしまえば、次の刺激に出会うのはずっと先のことだった。
だが現代社会では、次々と新しい超常刺激が現われる。すると脳は、CREBによる脱感を克服するためにもっと極端なものを必死に探し回ることになる。ドラッグ依存症者なら摂取量を増やし、ギャンブル依存症者は賭け金を吊り上げる。同様に、ポルノ依存症者はより過激な動画へとエスカレートしていく。
「残酷なジョーク」というのは、脱感によって日常生活の快感(社交、映画鑑賞、好きなゲームなど)も同時に色あせてしまうからだ。これが毎日を退屈させ、人生の満足度を下げるので、ドーパミンを高めるためにどんなことでもするようになる。こうして依存から抜けられなくなるのだ。
「慢性的な過剰刺激と、最終的には中毒における決定的な不均衡は、欲求と渇望は高まるが、快楽や好きな気持ちは弱まるということだ。中毒者は「それ」をもっと求めるが、次第に「それ」がそんなに好きではなくなる」とウィルソンはいう。
「ポルノ脳」から回復するには
「機能不全の前頭葉前部回路」は、増感と脱感によって、問題解決、関心、計画、結果の予想、目標志向行動の統制などにかかわる前頭葉が低活性化することだ。ポルノ漬けになった者はしばしば学業成績の急激な低下を報告するが、これは前頭葉前部回路の執行統制機能がはたらかなくなることで説明できるかもしれない。
「ストレス系の誤作動」は、ストレスホルモン(コルチゾールとアドレナリン)の循環に影響するだけでなく、脳のストレス系にさまざまな変化を引き起こす。脳の報酬系が刺激できないとストレス系が過剰にはたらきはじめ、激しい渇望を覚える。ストレスは前頭葉の執行機能を阻害するので、仕事や勉強のパフォーマンスが落ちる原因ともなる。
実際、ポルノ漬けが「集中力の問題、記憶の妨害、実行機能の低下、学校の成績下落」と関係しているとの報告もある。いくつかの研究グループは、ポルノ利用を衝動性や、満足を先送りできないことと関連づけている。
10代の脳は可塑性に富むため、さまざまな刺激に自分を適応させていく。「人間の最も強力で長続きする記憶は思春期に生まれる――最悪の習慣とともに」とウィルソンは不穏な警告を発する。そのうえ、セックス依存症者のストレスの遺伝にエピジェネティックな(子孫にまで受け継がれる永続的な)変化が起きるとの研究もある。
だとしたら、ポルノ漬けから抜け出すにはどうすればいいのか? 幸いなことに、オンラインの自助グループの報告によれば、オンラインポルノを意識的にやめることで勃起障害が治ったり、恋人との性生活が回復するようだ。これはネット用語で「再起動(reboot)」といい、「インターネットエロチカを通じた慢性的な過剰刺激から脳を休ませること」とされる。
脳の報酬中枢はポルノがなにかを知らず、ドーパミンとアヘン類の上昇を見て刺激のレベルを記録するだけだ。したがって、ポルノ漬けからの回復方法は、ドラッグやアルコールなどの物質依存、ギャンブルや買い物などの行動依存と同じで、原因となる刺激を断つことしかない。2012年の研究では、参加者がポルノ利用を控えると、交際におけるコミットメントの水準が高くなったことを示した。
問題は、(他の依存症と同様に)禁断症状の恐れがあることで、PAWS(ポスト強烈禁断シンドローム)と呼ばれる。典型的なのは「フラットライン」という性欲喪失で、勃起障害を持つひとがポルノをやめると、しばしば一時的ながら絶対的な性欲喪失と、「異様に生気のない性器」が報告されている。それ以外の禁断症状としては、不眠、うつ、感情の制御困難、フラッシュバック(赤裸々な夢)などがある。
いったん「ポルノ脳」になってしまったら、ポルノ断ちをする以外に日常生活に復帰する道はないが、自助グループなどの支援を受けつつ、「ポルノを断って人生を取り戻す」ことは可能だとウィルソンは励ます。
ただし、VR(ヴァーチャルリアリティ)のポルノについては、この強烈な刺激が思春期の脳にどのような影響を及ぼすのか「恐ろしい」と述べるだけだ。
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