旧統一教会をめぐる右派の認知的不協和 週刊プレイボーイ連載(538)

安倍元首相の国葬が終わっても、政治と宗教をめぐる論争は収まる気配がありません。しかしこの議論は、右も左もやっかいな問題を抱えています。

政治テロを行なった容疑者の目的は、旧統一教会と自民党との関係を暴き、教団に打撃を与えることでした。連日のように政治と宗教の問題を取り上げるメディアは、まさに容疑者が望んだとおりの状況をつくりだしています。

「事実上、テロを正当化し、容認しているのではないのか」という批判を意識してか、教団と自民党の関係を批判的に報じるメディアは、テロに言及することを意図的に避けているようです。とはいえ、元首相が旧統一教会の票を分配していたことが明らかになった以上、早晩、こうした使い分けは壁にぶつかるでしょう。

しかし、今回の事件でより大きな困難に見舞われたのは右派・保守派(およびネトウヨ)です。

旧統一教会の教祖である文鮮明は、創世記にある失楽園の物語から、韓国を「アダム国家」、日本を「エバ国家」とし、植民地支配によって韓国(アダム)を堕落させた日本(エバ)は、金銭的な補償によってその罪を償わなければならないと唱えました。

これが日本国内で献金や霊感商法が大きな社会問題を引き起こした理由ですが、日本で集めた資金の多くは韓国に送られたため、教団は韓国国内ではカルトというより財閥のような扱いだとされます。

バブル崩壊以降、日本経済が「失われた30年」に苦しむなかで、それまで世界の最貧国だった中国や韓国がグローバル化によって経済成長の波に乗り、急速にキャッチアップしてきました。いまや中国のGDP(国内総生産)は日本の3倍で、1人あたりGDPでは韓国に並ばれました。かつては「アジアでは圧倒的なナンバーワン」だった日本人の自尊心は大きく揺らぎ、これが2000年以降の「反中」「嫌韓」の社会現象につながっていきます。

安倍元首相はこうした風潮のなか、「愛国」の象徴として、右派・保守派の圧倒的な支持を集めました。ところがその一方で、日本の信者が韓国のためにひたすら貢ぐことを教義とする宗教団体に深くかかわっていたのです。

これは心理学でいう「認知的不協和」の典型で、これまで元首相に共感してきたひとたちは、「愛国」と「反日」の矛盾に引き裂かれてしまいました。

ネット上では、容疑者は「烈士」と呼ばれています。烈士とは国のために殉じた者で、そこには、これまで隠されていた「反日の陰謀」を身をもって暴いたという賞賛の気持ちがあるのでしょう。しかしそうなると、「烈士」が「愛国者」を誅したことになってしまいます。

進化心理学では、人間の高い知能は自己正当化のために進化したと考えます。認知的不協和はきわめて不快な心理的状態なので、なんとかして整合性のある理屈(陰謀論)を見つけなくてはなりません。

しかしいまのところ、これまであれほど威勢のよかった右派・保守派は、この認知的不協和の解消に苦慮しているようです。

『週刊プレイボーイ』2022年10月3日発売号 禁・無断転載