第105回 働く世代がはまる社会保障の罠(橘玲の世界は損得勘定)

サラリーマンが収める厚生年金の保険料は労使折半のはずなのに、「ねんきん特別便」の加入記録には、(会社負担分を含む)保険料の総額ではなく、半額の自己負担分しか記載されていない話を前回書いた。なぜこんなことになっているかというと、保険料を正しく記載すると、将来、受け取ることになる年金額が大幅にマイナスになることがバレてしまうからだ。厚生年金は、払った保険料が半分損する仕組みになっている。

だとすれば、サラリーマンだけが貧乏くじを引いているのか。そうともいえないのは、自営業者などが加入する国民健康保険にも制度の歪みがあるからだ。

「国民健保の保険料が高くて払えない」という悲鳴がネットに溢れている。保険料は自治体ごとに異なるが、東京区部で試算すると、月収20万円(年収240万円)程度でも年20万円ほどになる。収入の1割ちかくが保険料として徴収されれば、生計を立てるのは難しいだろう。

保険料が高額になるのは、国民健保では労使折半の企業負担分も個人で支払うことになっているからだ。そのため、世帯数や収入が同じでも、実質負担はサラリーマンのほぼ倍になる。

「国民健康保険実態調査」(2020度)によると、25歳未満の約4割、25~34歳の4人に1人が国民健保の保険料を払っていない。収納率は年齢とともに上がるが、55~64歳でも低所得者の1割程度が未納だ。

だがそれよりも驚くのは保険料の軽減世帯の多さで、その割合は6割を超えている。国民健保の加入者は約2900万人だから、1700万人以上が満額の保険料を払っていないことになる。それも、2割軽減が12.0%(350万人)、5割軽減が15.3%(440万人)、7割軽減が33.1%(960万人)と、軽減率が上がるほど人数が増えていく。

こんな大盤振る舞いで保険料を割り引いてもらえるなら、高すぎる保険料で苦しむこともないのではないかと思うだろう。だが、すべての加入者が平等に恩恵を被れるわけではない。

国民健保の保険料収納率は、65~74歳では98.2%とほぼ全納だ。年金には最低110万円の控除があり、これに基礎控除などが加わるから、年金受給者の多くが7割軽減に該当するだろう。サラリーマンが退職して65歳以上の加入者が増えると、これによって保険料軽減の対象者も増えて、全体の収納率が上がるようになっているのだ。

高齢化が進むにつれて、医療・介護保険の保険料が(国会の議決もなしに)引き上げられている。これが、給料が上がってもサラリーマンの可処分所得が減っている理由だが、こうした苦境は現役世代の自営業者なども同じだ。生活のためにすこしでも多く稼ごうとすると、国民健保の軽減対象から外れてしまい、企業負担分を含めた重い(満額)保険料がのしかかってくる。

シルバー民主主義では、手厚く遇されるのは高齢者だけで、サラリーマンでも自営業者でも、どちらを選んでも「社会保障の罠」から逃れられないようにできているらしい。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.105『日経ヴェリタス』2022年10月1日号掲載
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