ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトが終了し、過去記事が読めなくなってしまったので、閲覧数の多いものや、時世に適ったものを随時、このブログで再掲載していくことにします。
今回は2014年1月23日公開の「フェアトレード”の不公正な取引が貧しい国の農家をより貧しくしていく」です(一部改変)。
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まるでカルト宗教の集会
フェアトレードは、「市場経済は貧しい国や貧しいひとたちを搾取している」として、「公正な取引Fair trade」を企業に求めるアンチ・グローバリズムの運動のことだ。欧米(とくにイギリス)では「倫理的に意識高い系(ethical awareness)」の高まりで広く普及している。フェアトレード財団だけでなく、レインフォレスト・アライアンス(熱帯雨林保護)、フォレスト・スチュワードシップ・カウンシル(森林保護)、UTZサーティファイド(サスティナブルなコーヒー)など、同様の趣旨で運営されている認証機関はいくつもある。
フェアトレードの主張は、「アフリカや中南米で、グローバル企業が農家のコーヒーやカカオ豆を不当に安く買い叩いている」というものだ。そのため農家は熱帯雨林を伐採し、それでも生活できず困窮に陥って破産してしまう。この問題を解決するもっとも有効な方法は、貧しい国の農家も労働に対する適正な利益が得られるよう、グローバル企業が「公正な価格」でコーヒーやカカオ豆を購入することだ。そうすれば農家の経営は安定し、無理な農地拡大も必要なくなり、自然もひとびともサスティナブル(持続可能)になるだろう。
素晴らしい話だが、はたしてほんとうだろうか? そんな疑問を抱いたイギリスのジャーナリスト、コナー・ウッドマンは自分の目でフェアトレードの現場を確かめる旅に出て、その成果を『フェアトレードのおかしな真実』(松本裕訳、英治出版)で報告している。
“フェアトレード先進国”であるイギリスでは、スターバックスやネスレがいち早く倫理的認証を受け、「環境にやさしくない」企業の代名詞だったマクドナルドまでがレインフォレスト・アライアンスの認証マーク付きコーヒーを売っている。キャドバリー社の国民的なチョコレートも、2009年にフェアトレードの認証を受けることになった。
その記者会見に出席したウッドマンは、なんともいえない違和感を持った。そこには「FAB(Fairtrade Association Birmingham)」と白抜きされた黒のTシャツを着た活動家たちが集まっていて、キャドバリー社の社長の発表を聞いて、「目には涙を浮かべ、誇らしげに胸を張り……『すばらしい!』とだれかがさけんだ」のだ。
活動家の一人は、次のように声高に証言した。
「のんびりコーヒーを飲んだりチョコレートを食べたりしているだけで世界を変えられるなんてだれも思っていなかったけど、どうやらできるみたいだな」
これって、カルト宗教の集会みたいではないか。
フェアトレードで儲ける大企業
フェアトレード財団の2010年時点のホームページには、次のような主張が掲載されていた。
〈コーヒーの価格は、2000年以来記録的な低迷に苦しんでいます。コーヒー豆の生産費よりはるかに低く、世界中のコーヒー農家を危機に陥れています。〉
しかしこの主張はまったくのデタラメだ。ニューヨーク市場におけるコーヒーの国際価格は2002年以来着実に上昇し、タンザニアで生産されているマイルド・アラビカ豆は2002年の1.32ドル/キロから2011年に5.73ドル/キロまで高騰した。「世界のコーヒー価格に『記録的』なことがあったとすれば、それは記録的な高値だということだ」とウッドマンはいう。
それに対してフェアトレードが「公正」とする最低価格は2.81ドル/キロで、市場価格の半値以下でしかない。リーマンショック直後の3カ月を除き、市場価格がこの最低価格を下回ったことはなかった。
これは要するに、「倫理的認証を受ける企業は、フェアトレードの最低価格によって仕入れコストが上がる心配をする必要はまったくなかった」ということだ。市場価格が最低価格を上回っているかぎり、企業の負担は認証されたコーヒーやカカオ豆を購入する際の割増金だけだが、もともとコーヒーやチョコレートにおける原材料比率は高くないので(スターバックスなどはコストの大半が不動産賃料と人件費)、実質的な割増金負担はごくわずかだ。ウッドマンの試算では、キャドバリー社が支払う割増金はミルクチョコ1本につき0.25セントにすぎない。
これで2005年以降、名だたる大企業が次々と倫理的認証を受けるようになった理由がわかる。
企業からすれば、ほんのわずかな追加コストで「ひとにも自然にもやさしい企業」というブランドイメージを手にできる。レインフォレスト・アライアンスの認証を受けたことで、マクドナルドのコーヒーの売上げは25%増えたという。「フェアトレードは儲かる」のだ。
フェアトレードが貧しい国の農家をより貧しくしている
しかしそれでも、「フェアトレードによって、農家は価格の最低保障という“保険”に無料で加入できるのだからいいではないか」と思うひともいるだろう。この理屈は正しいのだろうか? そこでウッドマンは、タンザニアのコーヒー農園にフェアトレードの実態を見にいく。
倫理的認証団体は小規模な農家まで個別に認証しているわけではない。そんなことは物理的に不可能だから、地域ごとに協同組合を設立して、組合が商品の品質を保証したうえで(スターバックスやマクドナルドなどの)大口顧客に販売する。「農家が個別に価格交渉するよりも集団で交渉した方が有利だから」だ。
ところがウッドマンは、現地で不可解な現実を目にする。
タンザニア産のコーヒー豆が国際市場で5ドル/キロを上回る史上最高値を記録しているにもかかわらず、フェアトレードに参加する農家が受け取っていたのは1.38ドル/キロだけだったのだ。これはフェアトレードが「公正な価格」とする2.81ドル/キロの半値以下だ。
なぜこんな「不公正」なことが起こるのだろうか。
それは協同組合が現地の有力者に支配され、彼らが人件費や管理費などの名目で農家を“搾取”しているからだ。しかしフェアトレードは協同組合がないと事業が継続できないため、こうした不都合な事実に気づいていても目をつぶって放置しているのだという。
その結果、協同組合を通さず、農家や農場が直接コーヒー豆を販売する試みが始まった。たとえば同じタンザニアの村で、「エシカル・アディクションズ」という団体は3.14ドル/キロで農家からコーヒー豆を購入し、高品質の豆を求める企業に販売している。倫理的認証を受けないことで農家の利益は2倍以上増えたが、こうした動きが広がれば協同組合の利益が失われてしまうため、現地の緊張が高まっている。活動の趣旨とは逆に、フェアトレードが貧しい国の農家をより貧しくしているのだ。
グローバル企業が撤退して貧困が蔓延した
フェトレードのような倫理的認証団体は、冷酷無比な「グローバル企業」こそが経済格差を生み、貧しい国のひとびとを苦しめているのだと非難する。そこでウッドマンは、世界でもっとも貧しい国のひとつであるコンゴ民主共和国を訪れた。
ルワンダ内戦の影響でコンゴ東部にフツ族の大規模な難民キャンプが生まれ、その後、ツチ族のルワンダ軍の攻撃で難民キャンプは壊滅した。その結果、フツ族の民兵はコンゴのジャングルに身を隠し、FDLR(ルワンダ解放民主軍)を結成する。FDLRはコンゴ東部を暴力的に支配し、コンゴ人女性や少女たちを誘拐してレイプし、村人たちの四肢を切り落とした。
このような状況のなかで、農業のできなくなったひとびとは生きるために換金性の高い商品を求めて必死になった。ウッドマンが彼らとともに体験したのは、懐中電灯ひとつで坑道に入り、スズ石を掘り出すことだった。コンゴ東部には良質のスズ鉱山がいくつもあるのだ。
ただしこの仕事には大きな危険がともなう。
ウッドマンが潜った坑道はベルギーの企業が開発したものだった。鉱山開発会社は坑道までレールを引き、さまざまな機材を使って採鉱を行なっていた。ただしそれは、コンゴが独立する1960年までのことだ。
それから50年間、鉱山は放置されてきた。いまではレールは使えなくなってバケツリレーでスズ石を運ぶしかなく、坑道に貯まった水を汲み出すための発電機もない。そのため村人たちは、懐中電灯だけを頼りにいつ崩れるかわからない坑道に入り、素手でスズ石を掘り出すしかないのだ。
コンゴの村の苦難はグローバル企業が生み出したのではなく、グローバル企業(ベルギーの鉱山開発会社)が撤退したことで始まったのだ。
アンチ・グローバリズムでは貧困を救えない
本書の最後で、ウッドマンはアフリカ東海岸のコートジボワールに綿農家を訪ねる。
アフリカでは250万人の農家が1ヘクタール単位の畑を牛を使って耕し、1トンか2トンの綿を収穫している。アメリカの大規模生産者に比べれば微々たる量だが、それを合わせると世界の綿輸出量の20%にもなる。
コートジボワールは綿の一大産地だが、2002年から04年までの内戦によって国内の綿繰り工場(収穫された綿から種や不純物を取り除く工場)がすべて倒産してしまう。内戦終結後にその工場を落札したのが、シンガポール市場に株式を上場する世界最大手の農業商社のひとつオラムだ。綿相場の上昇によって、オラムはコートジボワールの綿事業に投資する価値があると判断したのだ。
コートジボワールにおけるオラムの綿事業の責任者は、ジュリー・グリーンという30歳のアメリカ人女性だ。ジュリーはアフリカ暮らしが7年目で、最初はNGO職員として学校の建設や水汲みポンプの設営をしてきたが、「活動の進捗のなさにうんざり」して、ジュネーヴでMBAを取得してオラムに移った。
ジュリーの監督の下で、倒産した工場の稼働率は1年目に70%、2年目以降は100%と劇的に蘇った。しかし変わったのはそれだけではない。
以前の工場は、基本的な安全面での予算もなくきわめて危険だった。いまはケーブルのまわりにケージが置かれ、火災を起こしたときのための送水ポンプも設置された。もちろん手袋やマスク、ゴーグルなどの安全装備も従業員全員に配布されている。以前はいちど壊れてしまったら、ボスから「残念だったな」といわれてそれで終わりだったのだ。
だからといって、オラム社がボランティア精神に溢れていたり、CSR(企業の社会的責任)にちからを入れているわけではない。世界じゅうのすべての工場で当たり前のようにやっていることを、コートジボワールでも行なったにすぎない。工場の安全管理は、事業を行なううえでの基本中の基本なのだ。
オラムはまた、契約する綿農家に高品質の種を無料で配布し、農薬や肥料の費用を無利息で前倒し融資するばかりか、村人たちがトウモロコシを栽培する肥料も余分に渡している。だが管理責任者のジュリーは、これも人道主義とは無関係だという。
高品質の種を無料で配布するのは、農家に品質の高い綿を栽培させ、サプライチェーンの中に他品種が混入するリスクを軽減するためだ。無利子の前倒し融資は、農家の経営を安定させることで綿の安定供給を図るためだ。農家の食料であるトウモロコシのために肥料を余分に渡すのは、そうしなければ綿用の肥料が転用されてしまうからだ。
すべては高品質の綿をより多く生産するための合理的な経営判断だとジェリーはいう。「貧しくて飢えている農家を抱えていても、私たちにはいいことは何もありません」
貧困の原因は腐敗した政府にある
「フェアトレードのおかしな真実」をめぐる旅でウッドマンが思い知ったのは、貧困の原因は腐敗した政府であり、権力の崩壊がもたらす内戦や内乱だということだ。それによってグローバル企業が撤退し、仕事を失った現地のひとびとが経済的な苦境に追い込まれる。
その一方でコートジボワールのオラム社のように、現代のグローバル企業は利益を追求しながらもコンプライアンスにしばられ、社会的な評判を気にしている。そのうえ彼らは投資のためのじゅうぶんな資金を持ち、優秀な人材(それもジュリーのように、ビジネスを通じて社会をよくしたいと考える若者)を抱えている。
だとしたら「経済格差の元凶」としてグローバル企業を敵視するのではなく、彼らのちからを上手に利用した方がずっといいのではないか――それが、長い旅を終えてウッドマンのたどり着いた結論だ。
フェアトレードのマークのついたコーヒーを飲んでいるだけでは、世界はなにひとつ変わらないのだ。
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