「選択盲(チョイス・ブラインドネス)」という奇妙な現象を調べた実験があります。
男性の被験者たちに、カードに印刷された若い女性の顔のペアを示して好みのタイプを選んでもらい、そのうえで「あなたはこの女性の方が魅力的だと感じました。その理由を教えてください」と、顔写真を見せながら訊ねます。
なんの変哲もない質問ですが、このとき実験者は、巧みなカード捌きで、ときどき選ばなかったほうの顔を見せました。被験者は自分がタイプだと思った女性について語るのですが、そのなかには、魅力がないと判断した女性の写真が混ざっているのです。
驚くのは、ほとんどの被験者がこのトリックに気づかず、自分が選んだ顔とは違うにもかかわらず、なぜ彼女が好ましいかを喜んで説明したことです。髪が真っ直ぐでイヤリングをつけていない女性を選んだにもかかわらず、写真を差し替えられると、「この女性の魅力は、すてきなイヤリングと、くるっとした髪ですね」などと堂々というのです。
この実験は、好き嫌いがあやふやなものだということを示しています。好みのタイプがわかっているわけではなく、身に覚えのないはずの選択を説明しろと求められても、当惑するどころか、おかしなことには何も気づかないまま平然と逆の立場を弁護できるのですから。
ここまでは飲み会のジョークの類ですが、次の実験になると思わず考え込んでしまいます。
2010年のスウェーデンの総選挙の準備中、2人の心理学者が被験者たちに、リベラルと保守のどちらに投票するつもりか訊ね、所得税の水準や医療体制といった、選挙の主要争点についての質問票を手渡しました。リベラル派は増税してでも医療などの福祉を充実させるべきだと考え(大きな政府)、保守派は税率を引き下げて個人の自由な選択に任せるべきだとします(小さな政府)。
そこで実験者は、回答を受け取ると、粘着する紙を使った簡単なトリックで、逆の政治的立場を支持しているかのような回答用紙とすり替えました。リベラルな被験者は減税に、保守的な被験者は福祉の充実に賛成している回答を受け取り、その理由を説明するよう求められたのです。
この露骨なトリックにもかかわらず、自分の回答を確認したときに、間違っていることに気づいたのは4カ所に1つ程度でした(そのときは多くの被験者が、書き間違えたようなので直したいと、最初に表明した意見へと訂正しました)。ところがそれ以外の箇所では、ついさっきまで反対していたはずの政治的立場を喜んで説明し、擁護したのです。――高税率を支持していたはずのリベラルな被験者は、減税を支持したことになっている偽の回答用紙を渡されると、「低所得者の負担を軽くして起業を促すからだ」などと説明しました。
わたしたちにとって重要なのは、どうやら「(政治的)信念」ではなく、自分が一貫していることのようです。それにうまく合致しさえすれば、異性の好みと同様に、イデオロギーや政治的立場はどうでもいいのです。
だとすれば、「正しい政治」について議論することに何の意味があるのか。そんな疑問をもつのは私だけではないでしょう。
参考:ニック・チェイター『心はこうして創られる 「即興する脳」の心理学』高橋達二、長谷川珈訳、講談社選書メチエ
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