不気味なことが起きたとき、ひとは無意識のうちに、その原因を探します。なぜなら、理由もなく襲ってくる脅威ほど恐ろしいものはないからです。
科学の知識がなかった時代(人類が生きてきた大半)では、天変地異は神の怒りであり、感染症などの病気は悪霊の仕業でした。そして、神の機嫌を損じたり、呪術をかけた相手を特定し、その「悪」を罰することで世界に秩序をもたらそうとしてきたのです。
大量殺人や要人の暗殺のような異常な事件が起きると、ひとびとは不安になります。そこでメディアは、わかりやすいストーリーを探し出してきて、視聴者や読者の要望に応えようとします。
秋葉原で起きた無差別殺傷事件では「非正規雇用」、京都のアニメ制作会社が放火され70人が死傷した事件では「孤立」、今回の元首相暗殺では「カルト宗教」が事件の原因だとされています。
もちろんこれは、いずれも重要な背景ではあるでしょう。しかし当たり前ですが、非正規雇用の若者や孤立した中高年男性はたくさんいるものの、ほとんどのひとは犯罪とは無縁の生活をしています。「カルト宗教」にしても同じで、信者や、ましてや家族が犯罪にかかわることはきわめて稀でしょう。
報道で気になるのは、特定の宗教を「悪魔化」することで、その信者や関係者までが「悪」のレッテル(スティグマ)を貼られてしまうことです。もちろん建前のうえでは「(洗脳された)信者は被害者」ということにされていますが、これはたんなる方便で、「気味の悪いひとたち」という暗黙のメッセージが連日、大量に流されています。
統一教会は、1990年代はじめに有名芸能人や新体操選手が合同結婚式に参加を表明したことで社会的事件になり、「洗脳」や「カルト」という言葉が広く知られることになりました。その後、オウム真理教による地下鉄サリン事件が起き、「カルトは恐ろしい」という認識が定着します。
「カルト」が社会からの排斥を意味するようになると、信者の親はなんとしても子どもを取り戻したいと思います。その結果、支援者の協力を得て、信者を強引に拘束して「脱洗脳」する事例が出てきました。それで社会復帰できればいいのですが、現実には人間の心をそう簡単に書き換えられるわけもなく、教団に戻らないように家族が子どもを監禁する事態に至ることもあります。
ジャーナリストの米本和広さんは『我らの不快な隣人 統一教会から「救出」されたある女性信者の悲劇』(情報センター出版局)でこの問題を取り上げ、洗脳によって入信・献金させる宗教団体も問題だが、(主観的には)幸福に暮らしている信者を拉致・監禁して脱洗脳することもまた「人権侵害」であると指摘しました。
この本によって米本さんは、強く批判されることになります。ところが、統一教会を心の底から憎んでいた男が、事件前に自らの心情を訴える手紙を送ったのは、「カルトの悪」と長年戦ってきた(テレビに出ている)ひとたちではなく、「教団のシンパ」だとされている米本さんだったのです。
メディアはそろそろ、単純な因果論では説明できないこの事実(ファクト)をきちんと報じるべきでしょう。
【後記】
その後、週刊文春電子版(8月2日)米本和広さんのインタビューが掲載されました(「彼に本を差し入れたい」山上徹也が手紙を送ったジャーナリストが語る“統一教会とカルトの子”)。
それによると、読売新聞の記者が取材に来る日の前日に、たまたまポストを開けたら山上容疑者の手紙を見つけ、それを好意で記者に見せたというのがスクープの経緯です。
このとき米本さんは、「手紙を受け取った人物として実名を出していいよ」と記者に伝えています(「僕はフリーライターとして実名でやっているわけだから。匿名にされることはあまりありません」)。それにもかかわらず、「実名報道」を原則としている新聞社は、「(山上容疑者が)岡山市内から、安倍氏の殺害を示唆する手紙を中国地方に住む男性に送っていたことがわかった」と、米本さんの名前を伏せたうえで、まったくの無名の人物として第一報を報じました。
読売新聞は翌日以降、実名に変えましたが、「松江市のルポライター」などとするだけで、米本さんの著作やブログの内容は説明していません。これでは、山上容疑者がどのような人物に手紙を送ったのかを読者はまったくわからないでしょう。
読売の報道後、米本さんのところにはマスコミ各社の記者が殺到しますが、「(山上が送った手紙の)宛先は松江市在住の男性。旧統一教会に批判的な記事をブログで発信するフリーライターだった」(8/9朝日新聞)などと、米本さんの名前を伏せるか、実名を出しても経歴や著作などを紹介することなく、手紙の文面だけを報じています。
「僕は「反カルトのカルト性」をずっと追及し続けてきて、今テレビに盛んに出ているような反統一教会の人たちに「お前らも(統一教会と)同じだよ」ということを前から指摘してきました」
「1990年代以降、信者の家族らによって、当時4000人を超える統一教会の信者たちが、拉致・監禁されていた。「こんなことが許されていいのか」と思いました」
米本さんはこのように語っていますが、これがメディアが、山上容疑者が唯一、自らの心情を明かしたジャナーリストについて触れたがらない理由ではないでしょうか。
なお、米本和広さんは1997年、「巨大カルト集団ヤマギシ「超洗脳」ルポ」(VIEWS)で編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞企画部門受賞。『洗脳の楽園 ヤマギシ会という悲劇』が1998年の大宅壮一ノンフィクション賞候補作になっています。
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