陰謀論とフェイクニュースにまみれた国

ダイヤモンド社と共同で行なっていた「海外投資の歩き方」のサイトでロシアのウクライナ侵攻について書いたものを、全6回で再掲載しています。第2回はジャーナリスト、ピーター・ポマランツェフの『プーチンのユートピア 21世紀ロシアとプロパガンダ』(翻訳:池田年穂/慶応義塾大学出版会)の紹介です。(公開は2022年4月15日。一部改変)

サンクト・ペテルブルクのマクドナルド。ウクライナ侵攻により撤退が決まった(2011年9月@Alt Invest Com)

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ウラジミール・プーチンがロシアのメディアで、スカイダイビングをしたり、深海に潜ったり、鍛えられた筋肉を見せつけるなど、ハリウッド映画のヒーローのように演出されていることはよく知られている。

10年以上前のことなので詳細は覚えていないのだが、たまたま見たBSのドキュメンタリーでロシアのテレビ局を取材していて、日本人ディレクターの「なぜ大統領をこんなふうに演出するのか?」との質問に、編集幹部が「先進国のひとには理解できないでしょうが、ロシア国民は愚かなので、このようにしないと社会が安定しないのです」と答えていて驚いたことがある。

ピーター・ポマランツェフはロシア(ウクライナ)系イギリス人で、2006年から10年までモスクワのテレビ局でリアリティショー(ドキュメンタリー)の制作に携わった。そのときの体験を書いたのが“Nothing is True and Everything is Possible(どこにも真実はなく、すべては可能)”で、14年に出版されると英米で大きな反響を呼んだ。日本では18年に『プーチンのユートピア 21世紀ロシアとプロパガンダ』として翻訳されている。

ピーターは1977年にソ連時代のキエフ(現在のウクライナのキーウ)のユダヤ人家庭に生まれ、反体制派作家だった父親の亡命にともない78年に西独に出国、80年にイギリスに渡った。91年にソ連が崩壊すると、ロシア語を活かして大学卒業後の2001年からモスクワに滞在し、メディアの仕事をするようになる。

ゼロ年代はじめのロシアでは「先進国イギリスの帰国子女」はある種の特権層で、テレビ制作会社の下っ端であるにもかかわらず、ピーターは政治家、企業人、新興財閥(オリガルヒ)からギャング、高級娼婦までさまざまなひとたちと知り合うことができた。本書には、そんな彼ら/彼女たちの生態が軽妙な筆致で描かれている。

ロシアでは「ピートル」と呼ばれていた彼は、現在のロシアを「ポストモダンの独裁政」だと述べている。これは、歴史家ティモシー・スナイダーの主張と同じだ。

[参考記事]●ロシアは巨大なカルト国家なのか?

大金持ちのパトロンを探すゴールドディガー(金鉱掘り)

ロシアの書店には、「億万長者をしとめる方法を若い女性たちに伝授する自己啓発本」がずらりと並んでいる。なぜならロシアでは、女性が成功する唯一の方法は富裕層の男(オリガルヒ)の愛人になり、あわよくば妻の座に収まることだからだ。そんな女たちは「ゴールドディガー(金鉱掘り)」と呼ばれている――という話からピーターは本書を始める。

日本でも同じように考えている女性はいるだろうが、ロシアの特徴は、先進諸国では「言ってはいけない」とされている話題が公然と認められていることだ。

ロシアのテレビ界では、女性から仲介料を受け取り、金持ちの男を紹介する「マッチメーカー(ぽん引きは違法なのでこう自称する)」の男がセレブ扱いされている。10代のゲイの青年たちを使って、モスクワの鉄道駅で、「何でもよいから新しい人生を見つけようとやってきた脚の長いしなやかな身体つきの若い女」に片っ端から声をかけるのだという。

ピーターがテレビのドキュメンタリー番組のために取材した「ゴールドディガー・アカデミー」は、大金持ちのパトロン(シュガーダディー)を見つけるための専門学校のひとつだ。同様の学校はモスクワやサンクト・ペテルブルクに数十校あり、「ゲイシャ・スクール」とか「How to Be a Real Woman(本物の女になる方法)」などの校名がつけられている。

生徒たちは毎週1000ドル(約12万円)の受講料を払い、「高級住宅街に出かけなさい。地図を片手に持って、道に迷っているふりをしなさい。お金持ちの男性が近づいてきて、どうしたのと言ってくれるかもしれませんよ」というような講義を、丁寧な字でノートに取っている。

この高額の学費からわかるように、アカデミーの生徒はすでになんらかの成功を収めた若い女性たちだ。ピーターが取材した東ウクライナのドンバス地方出身のオリオナは、20歳のときにほとんど無一文でモスクワに出てきて、カジノでストリッパーとして働きはじめた。踊りがうまかったためスポンサー(シュガーダディー)に見初められ、アパートの家賃、月4000ドル(約48万円)の生活費、自動車、トルコかエジプトで過ごす年2回それぞれ1週間のバケーションをあてがわれている。

22歳になったオリオナは、ゴールドディガー予備軍の18歳の女の子が列をなしているため、スポンサーが自分と別れるつもりではないかと心配している。そこで監視の目を逃れつつ、アカデミーに通ってスキルを磨き、「若い女性を探すスポンサーと、スポンサーを探す若い女性のためだけに設計された」クラブやレストランで“パパ活”しているのだ。ちなみに、スポンサーはつねに愛人たちの浮気を警戒していて、オリオナの場合、ボディガードが買い物のふりをしてふらっと現われるだけだが、カメラで監視されたり、私立探偵に尾行されたりする女の子もいるという。

オリオナたちが探すスポンサーは、『フォーブス』誌の世界長者番付に名前が載っていそうなことから「フォーブス」と呼ばれている。それに対して女の子たちは、「仔牛(チョーロク)」だ。1人の「フォーブス」に対して何十、何百という「仔牛」がいるから、競争はきわめてきびしい。

ナイトクラブは、中央にダンスフロアがあり、壁に沿って「開廊(ロッジア)」が設けられている。フォーブスたちは暗くしたロッジアに陣取り、数百人の女たちは下のフロアで踊りながら、上に呼ばれることを期待する。

ロッジアに招かれると、女の子たちは数百ドルでフォーブスにフェラチオをする。これはお金のためではなく、自分の顔を覚えてもらうためだ。だがオリオナは、こんな売春婦のようなことをしていては逆効果だという。フォーブスはセックスをタダ同然で提供する女の子たちに囲まれているのだから、その要求をまずはきっぱり断らなければ興味をもってもらえないのだ。

男は最上階まで連れていってくれるエレベーター

ピーターが取材したゴールドディガー・アカデミーの卒業生のなかには、秘書や通訳として働いている女性もいた。ロシアを訪れるドイツ人ビジネスマンの通訳をしているナターシャは、「固定観念にとらわれていない(No Complex)」という条件で応募した。これは「依頼人とセックスすることも厭わない」という暗号で、秘書や個人助手を募集する広告のいたるところで見かける。

「ロシア人の男たちは選択肢が多すぎて増長しすぎよ。西側の男たちの方がよっぽど手玉にとりやすいわ」というナターシャは、ドイツのエネルギー会社幹部の愛人で、彼がミュンヘンに戻るときはいっしょに連れていってほしいと考えている。

ポップスターを目指すレーナは、「どこかのオフィスで休みもなく働き詰めだなんて、まるっきり理解できないわ。(略)男の人は最上階まで連れていってくれるエレベーターだから、わたしはそれに乗るつもりよ」という。モスクワではレーナのような女の子を「歌うパンティ(シンギング・ニッカー)」と呼ぶが、有力なスポンサーさえつけば才能は大した問題ではない。

アカデミーでは、MBAをもつ赤毛のインストラクターが「フェミニズムは間違っています。どうして女性が仕事に命をかけなければいけないのですか? それは男性の役目です」と教えている。そして、「殿方からプレゼントをもらいたければ、理性がなく、感情に動かされやすい左側に立つのです。彼の右側は理性的です」とか、「あなたは膣の筋肉をぎゅっと締めること。そうです、膣の筋肉です。そうすれば、瞳が大きくなるので、もっと魅力的に見えます」というような講義を大真面目でやっている(もちろん生徒たちもみな真剣だ)。

ピーターはこの学校の実態を知り合いの大富豪に話した。「俺があの娘たちのことを何と呼んでいるか知っているかい?」と大富豪は訊いた。「カモメだよ。海岸のカモメのように、ゴミ捨て場の上をぐるぐるまわりながら飛んでいるからね」

サンクト・ペテルブルクは18世紀に、ピョートル大帝によって「東のパリ」として建設された。モスクワは21世紀はじめの原油高で再開発が進み、ソ連時代の建物の多くが壊され高層ビルに置き換わった。

ロシアにはスラブ系だけでなく、スターリン時代にフィンランドやバルト三国などからソ連に連行・強制移住させられた北欧系の子孫も多い。その結果、パリやロンドンのような街並みを金髪碧眼の老若男女が行きかい、自分がどこにいるのかわからなくなることもある。

ところがロシアで働いたり暮らし始め、その内側にすこしでも入ると、西欧の常識とはまったく異なる論理で社会が動いていることに気づくようになる。この「酩酊感」のようなものを、ピーターは「ポストモダン」と呼んだのではないだろうか。それは「モダン=近代」を超克した世界ではなく、近代社会のように見える前近代、すなわち「モダンの偽物」なのだ。

こうした「ポストモダン」はマスメディア、とりわけテレビ制作の現場で顕著で、西側の常識を前提とする者たちを混乱させ、驚愕させ、絶望させることになる。

エミー賞にノミネートされたロシア国営テレビ

国営の放送局ロシア・トゥデイ(RT)は、BBCワールドやアルジャジーラに相当する24時間放送の英語(アラビア語とスペイン語もある)ニュース専門チャンネルだ。1年に3億ドル以上の予算が組まれ、「世界の出来事に対してロシアの価値観を述べる」使命を帯びている。

ロシアのウクライナ侵攻でブロックされるまで、RTはYouTubeでもっとも視聴されているチャンネルのひとつで、視聴者は10億人にのぼった。イギリスでは視聴率3位のニュースチャンネルだったという。

RTの人気の秘密は、「メディアはウソばかり報じている」と考える欧米の特定の政治層を魅了するコンテンツを揃えたことだった。ウィキリークスのジュリアン・アサンジはRTで対談を行なったし、「アメリカの世界秩序と戦うアメリカ人の学者、9.11陰謀説を唱える者、反グローバリスト、ヨーロッパの極右派」など、欧米の主流メディアが無視している人物を次々と出演させた。イギリスのEU離脱の立役者の一人、イギリス独立党の党首ナイジェル・ファラージも頻繁にゲスト出演していた。

RTに登場するのは、欧米の右派・極右・陰謀論者だけではない。「ウォール街を占拠せよ」などの占拠運動(オキュパイ・ムーヴメント)を伝えたことでRTは(なんと)エミー賞にノミネートされ、左翼(レフト)からは「反覇権的(アンチヘゲモニック)と評価されたという。

『ラリー・キング・ライブ』で知られるラリー・キングは、CNNを去ったあと、2012年7月から新番組『ラリー・キング・ナウ』を始めたが、それはRTアメリカで放映された。キングが個人で設立したOra TVで制作した番組をライセンスしただけだというが、ロシアとの関係を批判され、ウクライナ侵攻後の22年3月、Ora TV はRTアメリカのために制作していた番組の制作をすべて中止し、事業を停止すると発表した。なお、キング自身は19年に脳卒中の発作を起こし、21年1月にコロナにより死亡している。

ロシアの英語放送局RTは、アメリカやイギリス、あるいはEUの「権力」を批判し、エリートたちの「陰謀」を暴露することで、EU懐疑派やトランプ支持者の人気を博した。だが国営メディアである以上、ジャーナリズムとしてのこの「批判精神」は、ロシア国内の権力に向けられることはなかった。

ピーターがRTの理念について訊ねたとき、編集局長は「客観的な報道などというものは存在しないな」と、ほぼ完璧な英語でいった。

「それではロシアの見解とは何ですか?」と訊くと、「おやおや、どんなときでもロシアの見解は存在しているんだよ」と編集局長はこたえた。「たとえば、バナナを例に挙げてみよう。ある人にとっては食糧になり、別の人にとっては武器になり、人種差別主義者にとっては黒人をからかう道具にもなる」

1980年代の日本で流行したポストモダン思想では、「真実」などというものはなく、すべてはコンテキスト(文脈)によって決まる相対的ものだとされたが、どのような見解も文脈次第で自由につくれるというのはたしかに「ポストモダン的」ではある。

RTに入社したイギリス育ちの英語ネイティブは、すぐに「クレムリンが真実なるものを完全にコントロールしている」ことを思い知らされる。

オックスフォード大学を卒業したばかりのKは、「エストニアが1940年にソ連に占領された」というニュース記事を書き、ニュース局長から「我々はエストニアを救ったのだ」と原稿の書き直しを命じられた。ブリストル大学を出てすぐに就職したTは、ロシアの森林火災を取材して、大統領がうまく対処できていないと書いたところ、「大統領は最前線で消火作業にあたっていると書かなきゃだめだよ」といわれた。

ロシアとジョージア共和国との戦争中には、RTはテレビ画面に「ジョージア人はオセチアでジェノサイドを行なっている」というどぎつく目につくテロップを四六時中流しつづけた(いまはウクライナへの侵略で同じことが行なわれている)。

ピーターはこの「相対主義」に絡めとられないようにドキュメンタリーの道を選んだが、「そうさ、ニュースなんて全部フェイクさ。しょせんゲームみたいなもんだよ、違うかい」と、給料のためにRTにとどまる者も多かったという。

マレーシア航空17便撃墜事件のフェイクニュース

2014年7月17日、ウクライナ東部上空を飛行していたマレーシア航空17便(MH17)が親ロシア派の地対空ミサイルによって撃墜され、乗客・乗員298名全員が死亡した。歴史家のティモシー・スナイダーは『自由なき世界 フェイクデモクラシーと新たなファシズム』(翻訳:池田年穂/慶応義塾大学出版会)で、ロシアのテレビメディアが事件の真相を隠蔽するためにどのように大衆を洗脳し、ロシアの責任を否定したのかを書いている。

MH17が撃墜されたその日のうちに、ロシアの主要テレビ局はそろって、「ウクライナのミサイル」、あるいは「ウクライナの航空機」がMH17便を撃墜したのだと非難し、「真の標的」は「ロシアの大統領」だったと主張した。ウクライナ政府はプーチンの暗殺を計画していたのだが、違う航空機を撃ち落としてしまったというのだ。MH17とプーチンの専用機はまったく別の場所におり、この話にはもっともらしさのかけらもなかった。

翌18日、ロシアのテレビ局は複数の作り話に無数のアイデアを加え、この出来事の新しいヴァージョンをさまざまに撒き散らした。あるテレビネットワークは、ウクライナの航空交通管制官がMH17便のパイロットに高度を下げるよう命じたのだと断言した(まったくの嘘だった)。別のネットワークは、航空交通管制官に命令を下したのは、ウクライナのユダヤ人オリガルヒで州知事でもあるイーホリ・コロモイスキーだったと主張した。するとまた別のネットワークが、コロモイスキーの顔には有罪の相が出ていると語る「人相学」の「専門家」を引っ張り出した。

航空交通管制官の話を広めたロシアのテレビネットワークは、それと同時に、ウクライナの戦闘機が現場にいたと主張しはじめた。さまざまなジェット機の写真(さまざまな場所でさまざまな時間に撮影された)が提供され、旅客機が飛ぶのはありえない高度が持ちだされた。

この惨事から1週間後、ロシアのテレビはMH17便の撃墜について第三の筋書きをでっちあげた。ウクライナ軍が演習中に旅客機を撃ち落としたというのだ。これにもまた、なんの根拠もなかった。

さらには第四の筋書きが登場し、それによるとロシアがMH17便を撃墜したのは事実だが、犯罪行為はいっさいなかった。なぜなら、CIAが飛行機に死体をいっぱい詰めこんで、ロシアを挑発しようとウクライナ上空を飛ばせていたのだという……。

ロシアのテレビ局にとって、辻褄の合う筋書きをつくることはどうでもいいことだった。重要なのは、一つの筋書き(ロシア占領地区の民兵もしくはロシア軍が民間機を撃墜した)を「相対化」することだった。

「何が起きたかを理解し謝罪した個々のロシア人はたしかにいたが、全体としてのロシア国民は、自国の戦争責任や自国のおかした犯罪について深く考える機会を奪われていた」とスナイダーはいう。「ロシアの信頼できる社会学研究所の調査によれば、2014年9月にロシア人の86%がMH17便の撃墜はウクライナのせいだと考え、2015年7月にも85%が相変わらずそう考えていた」のだ。

撃墜事件前の7月12日、ロシアのテレビ局チャンネル1は、ウクライナ内のスラヴェンスクで3歳のロシア人の少年がウクライナの兵士たちに磔にされたという衝撃的な――そしてまったくの作り話――のニュースを報じた。これは証拠がいっさいなく、話に出てくる人物は誰一人存在しないし、残虐行為が行なわれたとされる「レーニン広場」も実在しない。

このことを追及されたロシアの通信副大臣は、「肝心なのはとにかく視聴率なのだ」と説明した。

合理的な人間も陰謀論者になっていく

ピーター・ポマランツェフは10年ちかくをロシアで過ごしているあいだにモスクワっ子の女性と結婚し、娘が生まれた。その後、家族を連れてロンドンに戻ったが、夏休みなどに娘と祖父母を訪ねるのが習慣になっている。そんなピーターは、モスクワの空港に着いたとたん、並行現実(パラレルリアリティ)のなかで生きているような気分になるという。

テレビをつけると、その週のニュースの総集編が放送されている。そのときの様子を、ピーターは次のように書く(適宜改行を加えた)。

身なりのよいプレゼンターが造りの上等なセットを横切り、カメラのフレームに入って、その週の出来事をてきぱきとまとめていく。一見すると、どれもがしごく普通に思える。

ところが、やがてプレゼンターは不意に二カメの方を向き、気づいたときは話が変わっている。西側は同性愛の泥沼に沈んでいて、聖なるロシアだけがゲイのヨーロッパから世界を救えるとか、いわゆる「第五列」、つまり西側のスパイで汚職反対運動家に扮しているが実際は全員がCIAなのがロシアにはごろごろしているとかね――それ以外の誰があえて大統領を批判するだろうか、というわけだ。

西側はウクライナの反ロシア「ファシスト」を支援しており、ロシアを手に入れ、そのオイルを奪おうと躍起になっているとか。アメリカの支援を受けたファシストがウクライナの町の広場でロシア人の子どもを磔にしているのは、西側がロシア人の「ジェノサイド」をもくろんでいるからということになるし、そこらをうろつくロシア憎しのギャングどもにどんな風に脅されているかと訴える女たちが、カメラの前で泣きわめく。

もちろん、こうしたことを正せるのは大統領だけ。だからこそロシアがクリミアを併合したのは正しいことだし、ウクライナに武装した傭兵を送ったのも正しいことで、これはロシアと西側との新たな大戦争のほんの始まりにすぎない。

こうしたフェイクニュースに日常的に触れていると、「事実」と「虚構」のあいだに線を引くこと自体に意味がなくなっていくとピーターはいう。“Nothing is True and Everything is Possible”(真実などどこにもなく、すべてがでっちあげ)とわかっていても、あまりにしょっちゅう嘘を聞かされていると、しばらく経つと、ただ頷くだけになってしまう。そして心のどこかでこう感じるようになる。

「そんなに嘘をついて、何の罰も受けないのなら、それはすなわち、オスタンキノ(テレビメディア)が本物の力を、何が本当で、何が本当でないかを規定する力を持っているということではないのか? だったら、どちらにしても、ただ頷いているほうがいいのではないか?」

このようにしてロシアでは、合理的な人間も陰謀論者になっていく。「みんな嘘だし、動機はどれも腐敗したものであり、信じられる人間は一人もいない」という現実からは、必然的に「すべての背後に闇の手が存在する」という結論が導き出されるのだ。だとしたらやはりロシアは「ポストモダン」の世界で、わたしたちもそこに向かっているのかもしれない。

第1回 ロシアは巨大なカルト国家なのか?
第3回 「プーチンの演出家」が書いた奇妙な小説を読んでみた
第4回 「共産主義の犯罪」をめぐる歴史戦の末路
第5回 ロシアはファシズムではなく「反リベラリズム」
第6回 30年前に予告されていた戦争

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