【3月24日執筆のコラムです。状況は刻々と変わっていますが、記録のためアップします】
ウクライナのゼレンスキー大統領が日本の国会で演説し、国民の苦境を訴え、一日も早い平和の実現のためにロシアへのより強力な経済制裁を求めました。武力介入が核戦争(第三次世界大戦)に直結する以上、国際社会の圧力で戦争を終わらせる以外の方途がないのは明らかですが、問題は、経済制裁がどこまで実行でき、どれほど効果があるのかわからないことです。
サハリン2は日本が参加するLNG(液化天然ガス)プロジェクトで、輸入価格は単位熱量当たり10ドル前後とされています。この事業から撤退すると、一時60ドルまで上がったスポット価格でLNGの不足を補わなくてはならず、その追加負担は1.8兆円と試算されています。
日本人は(当然のことながら)ウクライナに同情していますが、電気・ガス料金が大幅に値上げされても経済制裁を支持できるでしょうか。さらには、日本が撤退すれば、この利権は中国がそのまま引き継ぐことになるでしょう。とはいえ、各国がそれぞれの事情で「裏口」を設けていれば、ロシアは戦争を継続できるかもしれず、扱いを間違えれば日本はきびしい批判を浴びかねません(その後、岸田首相が「わが国として撤退はしない方針だ」と述べました)。
国際社会の圧力が実を結んだ最大の成功例が、南アフリカのアパルトヘイト廃止です。ネルソン・マンデラという偉大な政治家の存在もあって、いまもひとびとに強い印象を残していますが、南アが人種隔離政策を批判されるようになったのは1960年代で、民主的な選挙で平和裏にマンデラ政権が誕生するまで30年かかりました。国連による経済制裁の要請は1985年で、それを起点にしても5年以上たっています。
それ以外では、キューバ、イラン、北朝鮮、ベネズエラなどに経済制裁が行なわれましたが、期待されたような成果は得られていません。その最大の理由は、ロシアや中国が政治的思惑から制裁に参加しなかったからで、今回も、中国を引き込めなければ「一人勝ち」を許す可能性があります。
もちろん、経済制裁になんの効果もないということではありません。しかしさらなる疑問は、経済が破綻しても政権が崩壊するとはかぎらないことです。
「反米」を掲げたベネズエラのチャベス独裁政権は、アメリカを中心にきびしい経済制裁を受けました。その結果、チャベス病死後のマドゥロ政権では、戦争や内乱、革命が起きたわけでもないのにGDPはわずか3年で半減し、1000億円が1円になるハイパーインフレが起きました。
しかしこの異常事態にもかかわらず、政権交代の試みはすべて失敗し、マドゥロは10年ちかく政権を維持しています。なぜこれが可能かというと、独裁時代に不正に富を得た政治家、軍幹部、実業家らが、ひとたび政権交代すると、既得権を奪われるだけでなく、投獄・処刑の危機に直面するからです。事態があまりに悲惨になると、その状態を維持する以外に選択肢がなくなってしまうのです。
プーチンと取り巻きのオリガルヒ(新興財閥)にとっても、政権を失うことは「確実な破滅」です。現時点(3月24日)では、残念なことにいまだに出口は見えません。
参考:坂口安紀氏『ベネズエラ 溶解する民主主義、破綻する経済』中公選書
『週刊プレイボーイ』2022年4月4日発売号 禁・無断転載