近年、欧米を中心にミレニアル世代のあいだで影響力を増しているのが、ミニマリズムとFIRE(Financial Independence, Retire Early:経済的に独立し早期リタイアする)です。アメリカ西海岸などのリベラルな富裕層のライフスタイルは、BOBOS(ブルジョア:Bourgeois+ボヘミアン:Bohemians)と呼ばれることもあります。
FIREが目指す経済的独立(FI)は、会社に依存しなくてもいいだけの金融資産をできるだけ早く貯めることで、その目標はだいたい100万ドル(約1億円)です。“億り人”になれば、パワハラの上司や足を引っ張ろうとする同僚、責任を押しつけてくる無能な部下に煩わされることなく、自由な人生を生きることができると考えているのです。
とはいえ近年は、早期リタイア(RE)は仕事からの引退ではなく、好きな仕事で長く働くことに変わってきました。現代社会において、もっとも確実に「自己実現」する方法は職業的達成です。大人になってからの人間関係はほとんどが仕事を介したものですから、いったん「リタイア」してしまうと、金融資本は持っていても、人的資本も社会資本もすべて失ってしまいます。貯蓄を食いつぶすだけで誰からも評価されないのでは、有意義な人生を送るのは難しいでしょう。
ミニマリズムは必要最小限のモノだけのシンプルな暮らしで、FIREは必然的にミニマリストでもあります。なぜなら、お金を使うとお金は貯まらないから。デジタル・ミニマリズムというのもあって、こちらは「スマホ断ち」などでSNSなどから距離を取ることをいいます。
ミニマリズムの背景にあるのは、大衆消費文化(モノ)やデジタル化(情報)によって脳の報酬系をハックされているという恐怖感でしょう。企業にとっては、いったん報酬系をロックインしてしまえば、消費者を自社の商品・サービスの「依存症」にできます。どんなに倫理的な企業でもこの誘惑を拒否できるはずはなく、AI(人工知能)とビッグデータを使って収益を最大化しようとすれば、必然的に脳をハッキングするビジネスモデルが出来上がるのです。
テクノロジーの最先端を行くシリコンバレーで、ミニマリズムと並んでストア哲学やマインドフルネス(仏教)が流行しているのは、自分の脳が日常的にハックされていることに気づいている(あるいは自ら開発している)からでしょう。
ミニマリストの生活をしながらFI(経済的独立)を実現し、それでもカジュアルな暮らしを続けるとBOBOSになります。彼ら/彼女たちは、フリーエージェントで働く「成功したミニマリスト」です。
テクノロジーが指数関数的に進歩し、さまざまな分野で融合(コンヴァージョン)することで、世界は大きく変化しています。そんななか、旧来と同じルールに従っていては脱落するだけだとの不安が広がるのは当然でしょう。こうして、システムをハックすることでFIを実現しようとする若者が増えています。
これらの社会現象は、すべてつながっています。それをひと言でいうならば、「ハックされるな、ハックせよ」になるでしょう。新刊『裏道を行け ディストピア世界をHACKせよ』(講談社現代新書)では、そんな話を書いています。
『週刊プレイボーイ』2022年1月17日発売号 禁・無断転載