皇族の結婚騒動が示す「地獄とは、他人だ」 週刊プレイボーイ連載(494)

眞子さまの結婚問題で宮内庁は、婚姻届を提出しても皇室伝統の儀式・結婚式・披露宴は行なわず、皇室を離れる際に支給される一時金も辞退するという異例の対応を発表するとともに、眞子さまが「誹謗中傷と感じられる出来事」を長期間繰り返し体験したことで「複雑性PTSD」を患っていると説明しました。

これについて押さえておくべきは、そもそも憲法で、婚姻は「両性の合意のみに基いて成立」すると明記されていることです。「皇族は憲法の適用外」という規定はなく、母親の借金を子どもが解決しなければ結婚は認められない、などということがあり得るわけがありません。

それにもかかわらず、メディアは一貫して「親の不始末は子どもの責任」という奇怪な論理でこの結婚に反対し、それに加えて新郎となる男性の“態度”が悪く、このままで幸福になれないなどと主張しました。当事者同士の合意を否定し、自分たち(なんの関係もない第三者)が気に入った相手との結婚しか許さないというのは常軌を逸していますが、「リベラル」なメディア(やその関連会社の媒体)ですら、こうした記事・番組を平然とつくりつづけたことはきびしく批判されるべきです。

それに輪をかけて不思議なのは、ふだんは「人権問題」に素早く反応し、ときに国会前でデモを行なったりする「人権派」が、婚姻の自由を全否定され、法を犯したわけでもない私人がさらし者にされる異様な事態に対してずっと沈黙していることです。この明白な人権侵害に抗議できないとしたら、これまでの立派な活動はいったい何だったのでしょう。

さらなる疑問は、「皇室を守る」と一貫して主張してきた右翼・保守派が、皇族への理不尽きわまりないバッシングに抗議しないばかりか、批判の先鋒となってメディアやネットに登場していることです。

ここからわかるのは、彼らが守ろうとしてきたのは「理想の家族」としての皇室で、そこから外れるものはいっさい許容しないという偏狭さです。その背後には、(かつては「欠損家庭」といわれた)母子家庭への差別意識も垣間見えます。

今回の事態の現代的な特徴は、結婚問題の記事がネットにあがるたびに、罵詈雑言にちかい膨大なコメントが殺到することです。そこには、「国民の税金で暮らしている」皇族には人権がないとか、「上級国民」としてのすべての“特権”の剥奪を求めるものなど、極端な意見が溢れています。これにもっとも近いのは、生活保護(ナマポ)受給者に対するバッシングでしょう。

これをまとめると、メディアは皇族のスキャンダルで商売したいと考え、あるいは「結婚に反対している高齢者層の反感を買いたくない」と身動きがとれなくなり、リベラルは「天皇制に触れると面倒くさい」と傍観し、右翼・保守派はネット民といっしょになって「皇室の破壊」に邁進したということになるでしょう。この状況を見て、将来、皇室の一員になろうと考えるまともな男/女がはたして現われるでしょうか。

フランスの哲学者サルトルは、「地獄とは、他人だ」と述べました。そのことがよくわかる、なんとも後味の悪い事態になりました。

『週刊プレイボーイ』2021年10月18日発売号 禁・無断転載