年功序列・終身雇用の「日本的な働き方」の転機になると注目された最高裁の2つの判決が出ました。
契約社員やアルバイトに賞与・退職金を支払うべきかを争った裁判では、最高裁はいずれも「不合理とまでは評価できない」として、一部の支給を認めた高裁判決を退けました。その一方で、日本郵便の契約社員らが正社員との待遇格差を訴えた裁判では、扶養手当や有給休暇など、高裁判決の一部を変更して原告の請求すべてが認められました。経営側と非正規労働者の双方が一勝一敗で、バランスをとった判断のようにも見えます。
正規/非正規の格差解消を目指す流れのなかでいずれも大きな意味をもつ裁判ですが、ここでは日本郵便の判決がどのような影響を与えるかを考えてみましょう。
民主党政権時代(2013年4月)に施行された労働契約法20条は、「正社員か非正規かにかかわらず合理的な根拠のない待遇格差は認めない」という画期的なものでした(現在はパートタイム・有期雇用労働法に移行)。これによって経営側は、「身分(正社員じゃないんだから)」を理由とした賃金の差を正当化できなくなり(同一労働同一賃金)、それが福利厚生や賞与・退職金といった「正社員の特権」にまで及んできたのです。
近代の市民社会は身分制を否定し、すべての市民を平等に扱うことによって成立するのですから、日本の労働慣行に根強く残る「身分差別」をなくしていくべきなのは当然のことです。しかし、日本郵便の判決を受けて、「これからは非正規でも扶養手当などの福利厚生が受けられるようになる」とのメディアや識者の説明には疑問が残ります。労働者を平等に遇する方法は、それだけではないからです。
今回の最高裁判決を受けて、契約社員にも扶養手当や有給休暇を認める会社が出てくるでしょう。ところがその会社には契約社員と同じような仕事をするアルバイトがいて、「なぜ自分には福利厚生がないのか?」と訴えたらどうなるでしょう。会社は法律にのっとって、その待遇格差に「合理的な理由」があることを証明しなければなりません。
こうした事態に対処するには、どのようなケースが福利厚生の対象となり、どの場合は支給の対象外かを定める細則が必要です。ところが現場には広大なグレイゾーンがあるので、アルバイトと契約社員の仕事のちがいが判然としないことも起こり得ます。その場合は、アルバイトにも扶養手当や有給休暇を認めるべきなのでしょうか。
このように、紛争を避けようと規則を細かくすると、それによってさらにトラブルが増えてしまいます。だったらどうすればいいのか。答えはあきらかで、「正社員も含め、すべての福利厚生を廃止する」です。
実際、「世界でもっともリベラルな国」スウェーデンでは、交通費も含めて福利厚生はまったくなく、フルタイム・パートタイムにかかわらず、労働者には職位にもとづいた月収と、成果で判断される賞与が支払われるだけです。
これが「すべての労働者を平等に扱う」方法なのですから、日本企業も早晩、同じことになるのではないでしょうか。
『週刊プレイボーイ』2020年11月2日発売号 禁・無断転載