FIREはFinancial Independence and Retire Early(経済的独立を達成し、アーリーリタイアする)の略で、(1980年代から2000年前後に生まれた)アメリカのミレニアル世代のあいだでいま大きなムーブメントになっています。新型コロナで経済的な不安が高まったこともあり、日本でも注目が集まりました。
「経済的独立」というのは、1990年代にアメリカで唱えられた「自由」についての新しい考え方です。自由はそれまでずっと哲学的・社会学的あるいは宗教的に語られてきましたが、じつはもっと大切なことがあるのではないでしょうか。それは経済、すなわちお金です。
あなたは自由について高邁な理念をもっているかもしれませんが、生活費を得ている組織の上司から意に沿わない(場合によって法に反する)仕事を命じられたとき、それを敢然と拒否できるでしょうか。ここで躊躇するとしたら、「クビになったら生きていけない」と不安に駆られるからでしょう。あなたの(高邁な)自由は、お金によって拘束されているのです。
人生を自由に生きるためには経済的な土台がなくてはならない。――この身も蓋もない真実を突きつけたところに、「経済的独立」の衝撃がありました。それが20年の時を経て、いまの若者たちに再発見されたのです。
アーリーリタイアメント(早期退職)も同じく90年代にブームになりました。アメリカでは退職してから夫婦で旅行を楽しむのが理想でしたが、70歳や80歳を過ぎてからだと行けるところもかぎられてくるし、連れ合いが病気になったり、死んでしまったりするかもしれません。だったら50代、できれば40代で引退して好きなことだけして暮らせばいいというのはたしかに魅力的です。
ところがこうしてアーリーリタイアしたひとの多く(ウォール街のトレーダーなど)は、数年後にまた仕事に戻ってきました。なぜなら、毎日が退屈すぎて張り合いがないから。
彫刻が好きなのにそれで生活するのは無理だとあきらめたひとが、高収入の仕事で必死に働いて50代でアーリーリタイアし、経済的な不安なしに彫刻家としてデビューして若いときの夢をかなえるというのは、もちろんよい話です。でもよく考えてみると、ここでの問題の本質は好きな彫刻で生活できないことにあります。
SNSなどインターネットの普及とテクノロジーの発達によって、20代でも彫刻の仕事でそれなりの暮らしが成り立つようになれば、20~30年も好きでもない仕事で必死に頑張る必要はありません。「アーリーリタイア」を目指すのは、いまの仕事が好きではないからです。
ひとは他者からの承認(感謝や称賛)を得たときに幸福を感じます。おしゃれな店でのデートや豪華な結婚式で「いいね!」をもらうリア充もいるでしょうが、現代社会でもっとも大きな承認を得られるのは仕事での達成です。「好きを仕事に」できれば、早期退職する理由などないのです。
こうして「人生100年」の時代には、「経済的な独立を達成し、リタイアせずに好きな仕事をずっと続け、自分らしく生きる」ことが理想のライフスタイルになっていくでしょう。もちろん、誰でもできることではないでしょうが。
『週刊プレイボーイ』2020年8月31日発売号 禁・無断転載