第90回 社員と個人事業主 並存の矛盾(橘玲の世界は損得勘定)

日本郵政傘下の日本郵便とかんぽ生命保険の社員が、収入が減った個人事業主らを救済する持続化給付金を請求したとして、日本郵政が社内調査を始めたと報じられた(その後120人が申請と判明)。この記事で不可解なのは次の記述だ。

「かんぽ生命と、郵便局で保険を取り扱う日本郵便の営業担当社員は、自社の給与所得以外に、保険契約に伴う営業手当を事業所得として受け取り確定申告している」(5月27日時事通信)

どこがおかしいかというと、会社から給与を支払われる「社員」でありながら、それとは別に事業所得を受け取って「個人事業主」になっていることだ。日本の妖怪「ぬえ」は猿の顔、狸の胴体、虎の手足、蛇の尾をもつとされるが、「社員なのに個人事業主」なんてことができるのだろうか。

民間生保や不動産会社の営業でも、報酬を事業所得にしているところがある。ただしこの場合は完全歩合制で、経費も自分もち。当初は最低保証があっても、契約が取れなければ報酬はゼロになり、成績次第では解雇されるのがふつうだ。個人事業主が会社と営業・販売契約を結んでいると考えれば、報酬が事業所得なのは納得できる。

税法上、給与所得には仕事の内容にかかわらず一定の給与所得控除が認められる。個人事業主として事業所得を青色申告すれば、最高65万円の青色申告特別控除を受けられるばかりか、家賃や接待交際費、家族など事業専従者への給料などが経費にできる。

当然のことながら、これを両方使えれば大きな節税になり、ものすごく有利だ。そのためには給与とは別のところで所得を得ればいいのだが、家業を手伝っているなどの特別なケース以外ではこれまで認められなかった。副業が注目される理由のひとつは、ふつうのサラリーマンが、会社公認でこの節税策を利用できるようになるからだろう。

とはいえ、週末にちょっとアルバイトしたくらいで、それを事業所得にして大きな経費を計上し、赤字にして節税するなどという甘いことはできない。税務署が「事業」と認めないものは、雑所得になって損益通算できないのだ。

このように、税の公平性からして、給与所得と事業所得はきちんと分けなければならない。そう考えれば、日本郵便とかんぽ生命の「営業担当社員」の扱いがきわめて異例なことがわかるだろう。会社と社員としての雇用契約を結びながら、成果報酬を事業所得として受け取り経費を二重に計上することなど、本来できるはずはないのだ。

ということは、私の理解が間違っていて、この「営業担当社員」はじつは個人事業主で、契約は無期ではなく有期で、厚生年金や組合健保にも加入せず、個人事業主税をちゃんと納めているのだろうか。もしそうなら、逆に「給与」を支払っていることがおかしくなる。

重い税・社会保障費に苦しむ全国のサラリーマンも、こんな魔法のようなことができるのか、真相を知りたいはずだ。

橘玲の世界は損得勘定 Vol.90『日経ヴェリタス』2020年6月13日号掲載
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