出版社の許可を得て、制作をお手伝いしたエリック・バーカー『残酷すぎる成功法則 文庫版』の「まえがき」を掲載します。
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文庫版に寄せて
2019年末から東アジアで広まった新型コロナウイルスは、たちまちヨーロッパや北アメリカ、中南米やアフリカなど新興国へと拡大し、世界で40万人に迫る死者(2020年6月現在)と、ロックダウンにともなう甚大な経済的損害を引き起こした。幸いなことに日本は感染爆発・医療崩壊に至ることなくいまは小康状態を保っているが、もはやコロナ以前の世界に戻ることはできず、わたしたちはこれからもずっとやっかいなウイルスと共存していくしかないのだろう。――自然界には160万種もの未知のウイルスが存在するといわれているのだ。
そんななか、エリック・バーカーの『残酷すぎる成功法則』文庫版をお届けできることになった。新たに加えられた「パンデミック・エディション」3編は、アメリカの感染拡大後に著者が書き下ろしたもので、今回のような想定外の事態を乗り切るためにどのような生活習慣や心構えが必要なのかが簡潔に述べられている。
2017年10月の発売後、本書は一二万部(電子書籍含む)を超えるベストセラーとなり、TBS系「林先生が驚く 初耳学」や読売新聞、毎日新聞、週刊文春、週刊新潮、週刊ダイヤモンドなどさまざまなメディアで紹介されたこともあって、多くの読者を獲得することができた。
「研究結果をもとにしてあるので信頼性があった」「世間一般でいわれていることがデータとは違っていて面白い」「単なる自己啓発本ではない」などの反響は日本もアメリカも同じだ。それはバーカーが実際に役に立つアドバイスをしているからであり、本書に書かれている知識は「アンダー・コロナ」の世界でこそますます重要になっていくだろう。
2020年6月
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監訳者序文
これは、「コロンブスのタマゴ」のような画期的な自己啓発書だ。そのうえわかりやすく、かつ面白い。だったら序文なんか必要ないじゃないか、といわれそうで、まさにそのとおりなのだが、それでもひとこといっておきたいのは本の厚さに躊躇するひとがいそうだからだ。
しかしこの本には、これだけの分量と膨大な参考文献がどうしても必要なのだ。なぜなら、玉石混淆の自己啓発の成功法則を、すべてエビデンスベースで検証しようとしているのだから。
日本にも「幸福になれる」とか「人生うまくいく」とかの本はたくさんあるが、そのほとんどは二つのパターンに分類できる。
- 著者の個人的な経験から、「わたしはこうやって成功した(お金持ちになった)のだから、同じようにやればいい」と説く本
- 歴史や哲学、あるいは宗教などを根拠に、「お釈迦さま(イエスでもアッラーでもいい)はこういっている」とか、「こんなとき織田信長(豊臣秀吉でも徳川家康でもいい)はこう決断した」とか説く本
じつはこれらの本には、ひとつの共通点がある。それは証拠(エビデンス)がないことだ。
ジャンボ宝くじで3億円当たったひとが、「宝くじを買えばあなたも億万長者になれる」という本を書いたとしたら、「バカじゃないの」と思うだろう。なぜなら、この「成功法則」には普遍性がないから。ちょっと計算すればわかることだが、宝くじで1等が当たる確率は、交通事故で死ぬ確率よりずっと低い。
ところが世の中には、不思議なことに、「1等がたくさん出た売り場に行けば当たりやすい」と行列をつくるひとが(ものすごく)たくさんいる。これを経済学者は「宝くじは愚か者に課せられた税金」と呼ぶが、著者のエリック・バーカーは「間違った木に向かって吠えている(Barking up the wrong tree)」という。――ちなみにこれが本書の原題だ。
「間違った木」というのは、役に立たない成功法則のことだ。会社で出世したり、幸福な人生を手に入れるためには、「正しい木」をちゃんと選ばなければならない。でも、どうやって?
それが、エビデンスだ。
じつは、エラいひとの自慢話や哲学者・歴史家のうんちく、お坊さんのありがたい講話がすべて間違っているわけではない。困るのは、そのなかのどれが正しくて、どれが役に立たないかを知る方法がないことだ。それに対してエビデンスのある主張は、科学論文と同じかたちで書かれているから、どんなときにどのくらい効果があるのかを反証可能なかたちで説明できる。
だとしたら、有象無象の成功法則を片っ端から同じように(エビデンスベースで)評価して、どれが「正しい木」でどれが「間違った木」なのかわかるようにすればいいじゃないか、と著者は考えた。これが「コロンブスのタマゴ」で、最初に読んだときは「その手があったのか!」と思わず膝を打ったのだが、それをちゃんとやろうとするとこのくらいのページ数がどうしても必要になってしまうのだ。
この本は、これまでいろんな自己啓発本を読んできて、「ぜんぶもっともらしいけど、どれが正しいかわからないよ」と思ったひとにまさにぴったりだ。それだけでなく、「自己啓発本なんて、どうせうさんくさいんでしょ」と思っているひとにもお勧めできる。なぜならすべての主張が、エビデンスまで辿ってその真偽を自分で確認できるようになっているから。
とはいえ、ここに「普遍的な成功法則」が書かれているわけではない。もしそんなものがあるとしたら、世界じゅうのひとが「成功」しているはずだ。
エビデンスのある主張というのは、(むずかしい)病気の治療法に似ている。
科学的に正しい治療を行なえば、一定の確率で治癒が期待できるが、誰でも確実に治るわけではない。しかしそれは、科学的根拠のない民間療法(水に語りかける、とか)よりも統計的に有意に治癒率が高い。これはようするに、デタラメな成功法則でも(どれほど確率が低くても宝くじの当せん者がいるように)たまたまうまくいくことはあるが、エビデンスのある法則を実践したほうが成功率はまちがいなく上がる、ということだ。
ということで、本書の予備知識はここまで。それでは、混沌とした森のなかで「正しい木」を見分ける著者の見事な手際をお楽しみください。