「わたしは幸福」というひとは「幸福」なのか? 週刊プレイボーイ連載(418)

大統領選に向けてアメリカでは保守派(共和党支持)とリベラル(民主党支持)が憎み合っていますが、反トランプのリベラルにとって「不都合な事実」は、さまざまな調査で保守派の方がリベラルより一貫して幸福度が高いことです。

これについてはさまざまな理由が考えられますが、巷間に広まっているのが、「保守派の方が家族を大切にし、コミュニティ(教会など地域共同体)とのつながりが強いからだ」との説明です。それに対してニューヨークやサンフランシスコのような都会に住むリベラルは孤独で、高給かもしれないけれど長時間のストレスフルな仕事で疲弊し、うつが疫病のように蔓延しているとされます。

徹底的に社会的な動物であるヒトにとって、幸福感は愛情や友情のような人間関係からしか得られません。そう考えれば、「古きよきアメリカ」を体現する古風な生き方にこそ幸福な人生があるとの主張はものすごく説得力があります。だとすれば、幸せになるにはトランプ支持の保守派に鞍替えするしかないのでしょうか。

ところがここで、「コロンブスの卵」のような疑問を抱いた研究者がいました。たしかに保守派はリベラルよりも幸福だと「報告」していますが、実際に幸福なのかどうかは誰も確かめていなかったのです。

アメリカの保守派は「自由と自己責任」の論理を信奉し、リベラルは「平等」な社会を目指し、成功への機会を奪われたマイノリティを支援すべきだと考えます。これはどちらが正しいというわけではありませんが、研究者は、保守派は「幸福かどうかは自分の責任だ」と(無意識に)思っているのではないかと考えました。

保守派にとって「私は不幸だ」と答えることは、「自分には能力が欠けていて、努力が足りず、人生すべてが間違っていた」と認めることになります。誰だってこんな残酷な現実を受け入れたくありませんから、社会調査で一貫して高い幸福度を報告することに不思議はありません。

この仮説を検証するために研究者は、保守派とリベラル派の写真や発言、TwitterなどSNSのビッグデータを調べてみました。すると両者に差がないばかりか、リベラルの方が保守派よりポジティブな言葉を使い、写真でもより大きな笑顔を浮かべていました。実際の行動を見るかぎり、保守派よりもリベラルの方が幸福そうだったのです。

日本では一貫して、子どものいる共働きの女性より専業主婦の幸福度が高いことが知られています。とりわけ衝撃的なのは、(世帯所得が全世帯の所得の中央値の半分に達していない)貧困世帯の専業主婦ですら、3人に1人がいまの生活を「とても幸せ」と答え、「それなりに幸せ」を合わせるとほぼ9割に達することです。

この奇妙な現象については「子どもと一緒の時間が長いから」とか、「夫や家族の愛情に包まれているから」などの説明がなされてきましたが、「貧困専業主婦」が実際に幸福なのかどうかはやはり誰も確かめていません。

これは今後の調査を待つしかありませんが、仕事を辞めて貧乏になった彼女たちが、その選択を(無意識に)擁護するために「わたしは幸せでなければならない」と考えるようになる、というのはじゅうぶんあり得ることではないでしょうか。

参考:ウィリアム フォン・ヒッペル『 われわれはなぜ嘘つきで自信過剰でお人好しなのか 進化心理学で読み解く、人類の驚くべき戦略 』(ハーパーコリンズ・ノンフィクション)
周燕飛『貧困専業主婦』(新潮選書)

『週刊プレイボーイ』2020年2月10日発売号 禁・無断転載